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2006年07月03日(月)更新

彫りながら考える

●昨年、フィレンツェのアカデミア美術館で初めて「ダビデ像」(ミケランジェロの代表作)を見たとき、鳥肌がたつ思いをしました。写真撮影禁止でしたので、市庁舎前にあるレプリカ像を撮影したものがこれです。
 その大きさと迫力に圧倒されそうになっただけでなく、何だか後光が差しているように見えました。

ダビデ

●美術館の廊下の端からダビデ像の立っているところまで数十メートルありますが、その廊下の両側に、未完成ながらミケランジェロの彫刻作品が並べられています。それらの作品を見て私は「はっ!」としたのを覚えています。それらの未完成作品は、ちょうど子供の出産みたく、大理石の中から作品が今にも生まれ落ちそうになっているように見えたのです。

●鎌倉時代の仏師・運慶の作品も、木を彫って作品を作ったというよりは、木の中に隠れている作品を彫りだしてあげたようだと評されています。大理石のミケランジェロ、木の運慶、東西の天才に共通する仕事術なのかもしれません。

●では、会社経営を彫刻に例えるならばどうなるのでしょう。ミケランジェロや運慶の
ように、彫る前から中に埋まった完成像が見えているような会社経営なら楽しいでしょうね。しかし現実的には、"彫りながら考える"という経営に軍配があがるように私は思います。

●「戦略は前もって計画され、書式に記入できるもの」というのは、環境がそれほど大きく変化しない前提で成り立つもののようです。『ビジョナリーカンパニー』(日経B
P刊)では、「崩れた神話」と題して私たちが無意識にもっている常識が、実態とはか
け離れていることを指摘しています。その中に次のようなことが書かれているのです。

神話1.すばらしい会社をはじめるには、すばらしい事業構想か画期的製品が必要である。
神話2.大きく成長している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる。
 この2項目はいずれも「現実的ではない」という指摘なのです

●今でこそ世界を代表するような企業になったところでも、初期の段階では実験や試行錯誤、臨機応変、あるいは偶然によって生まれたものが少なくないというのです。むしろ、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」というドロナワ的な方針の勝利だともいうのです。

●誤解しないでいただきたいのは、戦略も目標も計画も必要ないという意味ではありません。むしろ緩やか戦略や目標をもち、あとは行動しながら考えて変更を加えていくという程度の方が、実際上は有効だという意味です。

●時々、勘定科目ごとに円単位で経費予算をたて、円単位で毎日の実績をチェックしているような会社がありますが、それが効果的だったのは環境が大きく変化しない時代です。今はあらゆる業界が乱世です。

●アメリカには「戦略クラフティング(工芸)」という単語があります。ちょうど粘土
をこねながら造形物を作るようなものに似ているからこうしたネーミングが生まれたのでしょう。会社経営は、ミケランジェロや運慶のような天才を必要とせず、彫りながら考える、考えながら彫るという非・天才のやり方に勝ち目があると私は思うのです。

●大切なことは、定期的に立ち止まって考えることと、必要な軌道修正を行い続けることなのです。