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2009年09月25日(金)更新

志をまもる工夫

●先日、講演会で経営理念について語り、その後の質疑応答で次のような質問を受けました。

「経営理念の大切さについては重々承知しているつもりです。そこで昨年、納得のいく経営理念を作り、社内外に発表したのですが、何も変化が起きません。正直なところ拍子抜けだったのですが、これは理念の中身に問題があるのですか? それとも作る過程で何かが足りなかったのでしょうか?」

●この問いに対し、私は次のように答えました。

中小企業において、“経営理念”という大がかりなテーマに興味を持っているのは社長だけです。幹部も含めたほとんどの社員は、自分の口に入る小さなサイズの食べ物にしか興味がありません。ですから、経営理念も幹部や社員の口に入るよう、小さなサイズにカットしてあげれば食べてくれますし、咀嚼もしてくれます

●以下は、司馬遼太郎の小説『峠』(新潮社刊)からの抜粋です。

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志は塩のように溶けやすい。男子の生涯の苦渋というものはその志の高さをいかにまもりぬくかというところにあり、それをまもりぬく工夫は格別なものではなく、日常茶飯事の自己規律にある、という。

箸のあげおろしにも自分の仕方がなければならぬ。物の言いかた、人とのつきあいかた、息の吸い方、息の吐き方、酒ののみ方、あそび方、ふざけ方、すべてがその志をまもるがための工夫によってつらぬかれておらねばならぬ、というのが継之助の考え方であった。
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●私は、この文の中にある「志」というくだりを、「経営理念」に置きかえることができると思います。

「いくら崇高で立派な経営理念を作ったとしても、それは塩のように溶けやすいものである。その崇高な理念をいかにまもりぬくかというと、日常茶飯の仕事に理念が反映されておらねばならぬ。

商品の品質、価格、パンフレットやホームページのあり方、営業マンの売り方、社内での会話や会議のやり方、人材の採用や育成、評価制度や賃金制度など、経営のすみずみにいたるまで、経営理念を実践する工夫によってつらぬかれておらねばならぬ」

●話を講演会での質疑応答に戻しましょう。質問者の会社の社員は、与えられた経営理念が自分の口に入らないのでリアクションのしようがなかったのでしょう。ですから、「何も反応が返ってこなかった」のはある意味では当然なのです。

●ごく稀に、「社長、すばらしい理念です。僕は一生この会社で、理念を実現するためにがんばります」という人がいますが、それは百人に一人か二人かという逸材でしょう。それほど少数派なのですから、反応がないからといって落胆する必要はありません

正しい問題認識というのは、「この経営理念を実現するには、これからわが社にどのような変化が必要か」を考えることです。社員に向かってそうした問いかけをすることではじめて、社員もアイデアを出すようになるでしょう。そうした方向で議論し、一歩ずつ行動していくことで、社員の目の色が変わってくるはずです。それが、志や理念といった観念的なものを実現していく手順なのです