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2010年05月28日(金)更新

知恵のみを追う

●「少年よ大志を抱け」

小さい志ではなくて、大きな志をもつことをクラーク博士は説きました。クラークさんに言われるまでもなく、日本でも江戸時代の儒学者・貝原益軒は次のように述べています。

「志を立つるは大にして高きを欲し、小にして低きを欲せず」

●洋の東西を問わず、先人たちは後輩にむかって「大きな志を持て」と教えるのはなぜでしょうか?

それは困難なことだからです。むしろ、けがれの少ない若者こそ大志は抱けるが、大人や老人になるとだんだんそれができにくくなるのかもしれません。

●ルソーにいたっては、人間の欲望はいつまでたっても肉欲だと次のように皮肉っています。

「十歳にしては菓子に動かされ、二十歳にしては恋人に、三十歳にしては快楽に、四十歳にしては野心に、五十歳にしては貪欲に動かされる。いつになったら、人はただ知恵のみを追うて進むのであろう」

●大きい志とは、"業界初"とか、"日本一"とか、"世界一" などの相対的なものであってはならないでしょう。ライバルが失敗すれば自社が得するような目標や志であってはうまくいきません。

ルソーが言う「知恵」のみを追う生き方をしたいものです。知識ではなく知恵を求める行為には合格もなければ終わりもないのです。

●会社経営にとっての「知恵」とは何でしょうか?

最近は品質問題で叩かれ、社長自ら米国の公聴会によばれたトヨタ。途中、きびしく追及される場面もありましたが、委員長自ら「あなたが自分から進んで来たという事実に私が感銘を受けたということを知ってほしい」と述べ、日本の自動車メーカーのトップに敬意を払いました。

企業の責任を負うためには真実を明らかにせねばならない。そのためならば、世界中どこへでも出かけていくという経営者の姿勢が功を奏したようです。

●そのトヨタから国民の大衆車の定番・カローラが出たのはまだ40年ほど前のこと。当時のトヨタは、収益でも財務でも人材でもノウハウでもとても世界の自動車メーカーと太刀打ちできるほどの会社ではありませんでした。

その後、半世紀にも満たない年月で世界有数の企業になった原因は、会社全体が知恵を求めたからではないでしょうか。野心でも貪欲でもなく知恵を求めたから、カイゼンがくり返され、世界屈指の自動車メーカーになったのだと思います。

●企業にとって知恵を追う生き方とは、経営理念や経営哲学を追求する生き方であり、それが、業績面にも直結してくることを社員に教えるのが経営者の大切な仕事なのです。

業績や結果ではなく、知恵を求めましょう!

2010年05月21日(金)更新

家康の強運

●徳川家康は三方原(静岡県浜松市の北部)の合戦(1753年)で武田信玄に大敗を喫しました。野球で言えばコールドゲーム、ボクシングならタオルが投げられるほどの完敗です。
なにしろ相手が悪い。川中島で上杉謙信と幾たびも交戦し、戦上手この上ない日本を代表する屈強武田軍団なのですから。

とにかく家康は馬上で脱糞しながらも、ほうほうの体で逃げ伸びました。

●家臣にも笑われるほどの惨めな姿で城に戻った若き家康は、そのあとが立派でした。この敗戦を教訓にするため、自分のみじめな姿を絵師に描かせているのです。トップとして、なかなかできることではありません。

★家康敗戦の絵 http://www.hamamatsu-navi.jp/shiro/history/002.html


●この敗戦が忘れられぬ家康は、後々になっても「負けを知らない人はよろしくない。私の場合、三方原で・・・」というようなことを周囲に語っています。

余談ながら、家康はこの敗戦でかえって有名になります。天下の“赤具足”武田軍団に真っ向から立ち向かった若武者がいると全国にその名を轟かせるわけですが、家康という男はこのころから強運の持ち主だったのでしょう。

●さて、「運」といえば先日、数人で居酒屋に行きました。その中にいた初対面の20代後半とおぼしき男性ビジネスマンが私に向かってこう言いました。

「武沢さんって、経営の秘訣をメルマガに書いてるの? へぇ、どんなこと書いてるの? オレが思うに、経営者ってまず運が大切だと思うの。こう見えてオレも相当なツキ男。だって付き合ってるやつら、みんな明るくて幸せそうだし、自分的にもまずまずハッピーだし。ま、不運そうなやつが寄って来たらこっちから逃げるけどね、ハハハ。この前も失敗している同級生から電話がかかってきたけど居留守使っちゃったもの。たしか、松下幸之助さんも運の良い人と付き合えみたいなこと、言ってるじゃん」

●残念ながら、この人は運というものについて表面的な理解しかしていないように思います。まずは、そのタメグチを改めることが大切でしょう。

ともかく、負けや失敗を周囲から排除するから運がよくなるのではない、と私は思うのです。どれだけ沢山の失敗や挫折、それに不遇というものを知っていたり、体験しているかということが、人間の深みにつながるのではいでしょうか。

●成功しか知らない人(そんな人はいないと思いますが)や、成功することしか興味がない人(こういう人は多い)は、他人の感情や心の痛みが理解できなくなりがちです。そういう経営者では良い会社は作れないと思います。

●哲学者ヴィトゲンシュタインは、「人間の偉大さを測る尺度は、その仕事に支払った犠牲の多寡である」と述べています。この言葉を引用しつつ、評論家の森本哲郎氏はこう語っています。「犠牲を支払えばだれでも後悔するだろう。しかし、その後悔が偉大さを生むのだ。だから、私のモットーは宮本武蔵とは逆である。『我、事において、常に後悔す』」。

●家康の大敗戦に学ぶように、私たちも負け、失敗、犠牲、後悔、不運、不遇といったものを避けるのではなく、それらの上に成功や偉大さが成り立っていると考えみてはどうでしょうか。

2010年05月14日(金)更新

敵情報知

●たしか数年前のことですが、ソフトブレーンの創業者・宋文洲さんが社長時代のとき、一度対談させていただいたことがあります。
正確にいえば、宋さんの秘書の方が私にメールを下さり、あなたの書いた本のことで一度お会いしたいと宋が申している、ということでした。
私も宋さんの活躍を存じ上げていたので、すぐに面談の日時を取り決め、八丁堀の本社までうかがいました。

●名刺交換して着席するやいなや、宋さんは手にしていた私の本の表紙を叩きながら、「あなたのこの本、ひどいよ」というのです。
怒った表情ですが、目は笑っているので私も笑いながら「何がひどいのですか?」と聞きました。

●すると宋さんは、本のタイトルがひどいというのです。
『勝ち抜く経営者の絶対法則』というあなたの本のタイトルだと経営者しか読まない。この本には経営者の切実な心があるから、むしろ若い社員に読んでほしい、というのです。
要するに、苦情を言うフリをしながら誉めてくれているわけで、人の心をつかむのが上手な方だなというのが第一印象でした。

●今ではマスコミを賑わす論客の一人として活躍中の宋さんですが、この当時からすでに一流の論客でした。たくさんのことをメモした覚えがありますが、その中で「情報」に対する宋さんの持論は膝を打つ内容でした。

●ビジネスに必要な「情報」とは何かということを本質的に考えることが大切だと説きます。宋さん自身は、情報ということばの語源にまでさかのぼって考えたそうです。
それによれば、情報とは「敵情報知」を略した言葉だといいます。敵情を報知する(知らせる)活動が情報なのだと。
敵の情勢を報知するとは、「敵がどこに何人いてどのような装備をしている」というような事実を伝えることなのです。そこにあるのは、すべてが事実であり、客観的なものであって予測や憶測・主観は含まれません。

●ビジネスや経営に必要なのは敵情報知という意味での「情報」だと宋さんは考えました。特に営業活動を支援するソフトウエアを開発するのが当時の宋さんの会社でしたから、営業活動における情報とは何かを根本から考え尽くしたそうです。
そして、日本企業ではどのように情報収集とその活用が行なわれているのかを調べていくと、そこには唖然とするものが待っていたというのです。

●例えば日報などの報告書関係。
多くの会社では次のような「情報」が報告され、それを経営者は経営判断に活かしているというのです。

・何とかがんばって今月中の受注に持ち込みたいと考えている
・この会社には予算がないと思われ、当面は期待がもてない
・この会社から紹介客を得るために最善を尽くしたい
・あの会社は担当者が変わったので、当社に対する信頼度が薄まった
・・・etc.

残念ながらこれらの「情報」は、敵情報知という意味からすると失格だそうです。それらは営業社員の主観や決意であって、経営者の意思決定のために使える情報になっていないのです。

●では何が本当に使える情報なのか。
それは、主観が交わらない事実です。出来れば定量化されるような、択一アンケートの方式に近い営業日報であれば良いと考えました。それが宋さんの会社のソフトウエアの根幹を成す発想だというわけです。

●「敵情報知」という言葉の敵情の中には、自社も含まれるでしょう。
要するに知りたい対象はすべて敵だと考えれば良いのです。あなたが意思決定するために必要な敵情は何か? それを客観的に知るためにはどうしたら良いかを考え、そうしたものだけが日々集まってくるようにすれば、それが立派な情報になるのです。

2010年05月07日(金)更新

N社長の事件簿

●「面接では、自社や自分の情けない所や弱みを隠さず伝えないとダメだね。良い所ばかり見せるとあとで失望させることになる」と語るはN社長(愛知県、51才)。

●たしかにその通りで、たった一回の面接だけで望み通りの社員なのか否か、望み通りの会社・社長なのか否かを判断することなど出来っこありません。だから試用期間がある、とは言うものの、試用期間を設けてあることでそれが有効に機能しているケースはまれです。ほとんどは自動的に本採用になっていくケースが多いです。ではどうしたら優秀な人を見極め、優秀でない人をふるい落とせるのでしょうか?

以前、N社長にこんなミニ事件がありました。

●N社長の会社はまだ小規模ですが、社長自身がインターネットサイトやメルマガ、ブログで大活躍していて活動範囲は日本中です。社長自ら本も出し、かなり売れています。その様子をずっとウォッチしていたという若いビジネスマンA君が、メールで「Nさんのもとで働きたい。是非御社に就職させてほしい」と面接を申し入れてきたといいます。

●Nさんの会社では社員募集をしていないので当惑しました。ですが、熱心な文面だし、頑張り屋さんなのがよく分かったのでとにかく本社で一時間ほど面接しましょう、ということになりました。

●25才というA君の第一印象は可もなく不可もない。とりたてて個性的でもないが、A君の話しぶりを聞いているとすごく芯がしっかりしています。学業も優秀だったみたいだし、N社長が若い頃よりも人生ビジョンをもっています。それに何よりも入社意欲が強烈に強い。
「Nさんのような人を探し求めていた」と言わんばかりで、面接というよりは、彼からの一方的な売りこみの時間だったといいます。

●「できるものなら、たった一回の面接で社員の採用決定をしてはいけない」という「がんばれ社長!」で読んだ武沢の教えをN社長は破りました。

面接がはじまって約一時間後、情にほだされる格好で、「よしA君、あなたは採用だ。いつから来られるの?」と尋ねていました。
A君は関東から単身で引っ越してくるというので10日後には大丈夫だといいます。「よし、5月の連休明けから仕事してもらおう。担当してもらう仕事は僕のほうで良く考えておくから」とN社長もすっかりその気になって再会を約束しました。

●ところが不幸なことにわずか4日後に入社辞退の申し入れを受けることになります。いや、4日後にこの「事件」が起きたことはお互いのために幸運だったのかも知れません。

●面接から4日後、彼が引っ越し先をどこにするかを決めるため再び愛知県に来るといいます。N社長はその日、午前中は商談が入っていたのですが正午には終了予定のため、A君とは12時半からランチをとる約束をしました。
どの物件に引っ越すべきか、どのような条件で仕事をしてもらうか、などの詳細を煮詰める予定でもありました。

●ところが、予定よりも前の商談が長引きました。A君の約束時間である12時半近くになりましたが、まだ終わりそうにありません。A君の携帯電話番号は登録していないので、携帯をかけるためにはカバンの中に入っているA君の履歴書を見なければなりません。とうとう12時半ちょうどになってしまいました。A君から携帯がなりました。ですが出られません。

●商談が終わったのは12時40分でした。駐車場に出てすぐにA君に電話しました。「Nですが、申し訳ない。今名古屋駅の近くで商談が終わりました。あと15分ほどでそちらに到着できそうです」

●すると、A君の様子が変です。まるで別人のような低いトーンで、「あ、N社長ですか。遅れる?あ、そうですかぁ、お忙しそうですね。何ならもう結構ですよ」と。

●約束のレストランに到着したのが12時55分でした。

A君はレストランの店内ではなく、駐車場で待っていました。店内へ促すN社長に対してA君はそれを辞退し、「私からとても大切なお話しがありますが、この場所で結構です」と立ったまま何かを話そうとします。

●A君から出た言葉はこんな内容だったといいます。

「小さな約束を守れない人に大きな仕事はできません。社長のお仕事から見て、私との約束など小さなものなのでしょうが、だからこそ誠意を見せていただきたかった。遅れるとわかった時点で連絡を下さるのが人としての最低限の常識ではないですか。このような人のもとでは残念ながら安心して仕事はできません。今回の採用のお話しはなかったことにして下さい。短い時間でしたがいろいろ勉強させていただきありがとうございました」

●Nさんは何も言わなかったといいます。いや、あっけにとられて何も言えなかったのでしょう。「サヨナラ」と言うのがやっとでした。

遅刻したことに弁解したい気持ちも少しはありました。A君のあまりに狭量な所などにも今後のために忠告してあげたかった。ですが、自分で遅れておいて忠告するのも変です。ですが、それよりも何よりも、こちらだって、A君をそんな人だと思っていませんでした。正式採用する前にそれがわかってホッとしたというのです。

●良いところ、悪いところ、清濁あわせ飲んでみてウマイかマズイかを見てもらいましょう。良いところだけを抽出して飲んでもらってはウマイに決まっています。清濁あわせ飲むためには最低でも一週間程度は実務面接試験がいると思うのです。

教訓:人を採用したければ、一週間ほど実務面接試験をしてから採用か不採用を決定しましょう。その間に、あえて会社や社長の弱みや問題点もさらけだし、開き直るのではなく、問題は問題として共有しましょう。

この事件簿を読んであなたは何を感じましたか?

ボードメンバープロフィール

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武沢 信行氏

1954年生まれ。愛知県名古屋市在住の経営コンサルタント。中小企業の社長に圧倒的な人気を誇る日刊メールマガジン『がんばれ社長!今日のポイント』発行者(部数27,000)。メルマガ読者の交流会「非凡会」を全国展開するほか、2005年より中国でもメルマガを中国語で配信し、すでに16,000人の読者を集めている。名古屋本社の他、東京虎ノ門、中国上海市にも現地オフィスをもつ。著書に、『当たり前だけどわかっていない経営の教科書』(明日香出版社)などがある。

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