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2013年02月22日(金)更新

一日一枚書く

●文学の世界で「文豪」などとよばれる人は、多作家の人が多いようだ。たくさん書く、そのためにはたくさん読む。多読家、多作家が文豪の条件なのかもしれない。
今の日本ペンクラブの会長は浅田次郎氏だが、氏も「毎日午後には本を読むことしかやることがない。ヒマだから本でも読むというのは読書の王道である」と何かのエッセイで告白していた。
 
●山岡鉄舟は、書、剣、禅を極めた人だが、中でも書の力量には驚くばかりである。
晩年は胃ガンを患って医師の勧めで絶筆したが、絶筆前の5ヶ月に書いた扇子文字が4万本(一日あたり270本ペース)。
 
●一本を1分で書き上げるとしても270本書くためには4時間半かかる。
その間、休憩や食事、トイレなどがあるからあっというまに6時間、7時間になってしまう。
その前の年には大蔵経(だいぞうきょう)という長いお経(全126巻)の筆写を思い立ち、毎晩午前2時まで写経に励んで見事完成させている。
 
●鉄舟に向かって「大変なことですなぁ」と声をかけると、鉄舟はいつもこう答えたそうだ。
「なあに、ただ毎日一枚書くだけだと思っておりますから、なんの造作もありません」
 
●ここで私はお恥ずかしい話を告白せねばならない。
最近ある社長が私の本を100冊買いたいと言ってこられた。もちろん大歓迎したのだが、「ついては全部にサインしていただけないか」とおっしゃる。
「いいですよ」とお答えしたのはよいが、ザッと計算して青くなった。
私のサインは、筆をつかって手間をかけて行うもので、一冊あたり最低でも3分はかかる。つまり100冊で最低300分(5時間)かかるわけで、その時間をどう捻出するか考え込んでしまった。納期は一週間しかない。
 
●そのとき、目の前にアルバイト君がいた。
私は悪魔の誘惑に負けて「ねぇ、君。今から僕のサインをそっくりそのままマネしてみてよ」とお願いしてみた。彼はふたつ返事で引き受けてくれたのだが、なかなか良く出来たサインだった。ひょっとしたら、私よりも上手い。
 
●近くにいた家内に、どちらが私のサインだと思うか聞いてみたら、なんとアルバイト君の作品を指さした。
 
「よし決まりだ! 君、明日までに100冊サイン書いてよ」と半分冗談で言ったのだが、家内にピシリと叱られた。「ダメです。そんな失礼なことをして誰が喜びますか? 上手い下手の問題じゃなく読んで下さる方への思いやりがあるかどうかじゃないのですか」
私はうなだれた。
 
●生産性や効率も重要な指標だが、それだけに心を奪われると本質を見失う。
どれだけ心を込めてその仕事をしているか、その姿勢は指標には表れない。だが、お客はわかる。何よりももう一人の自分がわかっているはずだ。
 
●早く書こう、たくさん書こうという気持ちよりも、今日も心をこめて一枚書く。それを継続することが何より大切なことかもしれない。
 
そこのところが、現時点の私と鉄舟さんの差なんだろう。

 

ボードメンバープロフィール

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武沢 信行氏

1954年生まれ。愛知県名古屋市在住の経営コンサルタント。中小企業の社長に圧倒的な人気を誇る日刊メールマガジン『がんばれ社長!今日のポイント』発行者(部数27,000)。メルマガ読者の交流会「非凡会」を全国展開するほか、2005年より中国でもメルマガを中国語で配信し、すでに16,000人の読者を集めている。名古屋本社の他、東京虎ノ門、中国上海市にも現地オフィスをもつ。著書に、『当たり前だけどわかっていない経営の教科書』(明日香出版社)などがある。

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