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2007年11月02日(金)更新

接客の神髄

●ある駅に、この道一筋40年のカリスマ靴磨きがいます。髪の毛をちょんまげ風に結って、となりに並ぶ同業者たちがヒマそうにしていても、彼一人はいつもフル操業。というのも、常連客がついているのです。

●私の自宅は名古屋なのですが、靴を何足もカバンに入れてわざわざ東京へ行き、必ず彼の元に立ち寄るくらい、といえば、そのすごさがわかっていただけるでしょうか。

●しかも、腕がいいだけではありません。下記にあるような、お客との間に交わされる軽妙なやりとりもまた、彼の魅力なのです。

「お客さんの靴、これ最高だねぇ。もっと油をやんなきゃ。今から5分もしてごらん、新品にもどるから」
「ほんと?」
「ああ、こうして油をしっかりと染みこましてやんなさいよ、そうしたら革というモンはよみがえるんだから。このシワだけは、なかなか取れないけど、それも味ってもんだね」
(真剣にキュッ、キュッという音を立てながら全身で磨く)
「へぇ~、あっ、ホントだ。ウソのようによみがえってる」
「でしょ、長年これだけでメシ食ってきたのも伊達じゃないでしょ」
「うん、今度別の靴も持ってくるから。また頼むよ」
「まかせてよ。ただちょっと待ってもらうこともあるからね」
●私は偶然、彼に出会ってすぐに虜になりました。今ではもう、この人でないと靴を磨いてもらう気になれないのです。しかし、他の靴磨きとは、いったい何が違うのでしょうか。

・「腕が良い
…それは間違いない。でも他の人たちも腕は良いはず。

・「情熱を込めて磨いてくれる
…それも間違いない。だが他の人も情熱的だ。

・「仕事に誇りをもっている
…これも同上

・「笑顔がさわやかだ
…これは他の人と大きく違う。他の人たちの顔は印象にないが、この人の笑顔はすぐにでも思い出すことができる。

・「語り口が絶妙
…磨いている間、ずっと江戸っ子口調で何かを語っている。これも他の人とは違う。時にはさりげなく自慢を、時には靴のウンチクを、時には常連客の話題を、とにかく話題が尽きない。

・「ほめ上手
…これが一番の違いかも知れない。この人の、靴を誉めるためのボキャブラリーは無数にあるようだ。

 <イタリアもんだねコレ、一生モンだよ>
 <このコードバン、特上級だね。やっぱり靴はコレだね>
 <(相当傷んだ靴でも)まだまだ可愛がってやれば一年はいけるよ>
 <(バーゲンで買った安物でも)結局ふだんはこういうのが一番だね>

●ようやく気がつきました。彼は、とにかく靴しか誉めないのです。「センスが良い」とか「オシャレだね」とか、人を誉めることはせず、靴のみを真剣に誉める。それがかえってうれしいのです。

●私はこのカリスマ靴磨きから、接客の神髄を学んだような気がします。あなたの街にもそんな人がいませんか?