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2007年08月17日(金)更新

名を好む病

●陽明学の聖典といわれる『伝習録』のなかに、以下のような話があります。

●あるとき、師の助言をあおごうと、弟子のひとりが王陽明に向かって自分の考えを述べました。ところが、横から別の弟子・孟源が「その考えは、私が以前考えていた内容と同じだ」と口を挟みました。

●陽明は孟源に向かって、「お前の病気がまた始まった」と言うと、孟源は気色ばんで弁解しようとしました。しかし、陽明は再び「お前の病気がまた始まった」と言いました。今度は黙ってしまった孟源に向かって、「汝一生の大病根は、名を好むの病なり」と言い、次のようなたとえ話を言って聞かせたそうです。

あなたの存在をたとえて言うならば、一丈(3m)四方の狭い土地に植わっている、一本の大きな樹木です。仮に、その土地で良い穀物を栽培しようとしても、樹木の根が邪魔して、穀物の生育を妨げる。それだけではなく、枝や葉で穀物が成長するための日光もさえぎってしまう。あなたがそんな樹木のような存在になってしまっているのは、「名を好む病」が原因なのです。(『伝習録』より)

●この『伝習録』を愛読していた松下村塾の吉田松陰も、晩年自らをふり返った手紙のなかで、「名を好む病」がたびたび発病したことを告白し、反省しています。要するに思想と行動の純粋性に欠け、世間からの評判や喝采の方を先に意識してしまう病気です。

●私たちのまわりにも、ほめられたい、認められたいと強く思うがあまり、他人の目を過剰に意識している人が大勢います。そういう人は、自分がものすごく損をしていることに、気づいていないことが多いようです。

●企業経営において「名を好む病」とは何でしょうか? 会社の知名度をあげようと努力することも「名を好む」ことに入るのでしょうか。

●私は「否」だと思います。
●市場原理のなかで働いている私たちですから、知名度を上げてお客様に認知してもらわないことには、何もはじまりません。しかし、度が過ぎると、自社の実力以上によく見せようと、見栄を張ってしまうことがあります。そこまでくると、完全に「名を好む病」と言えます。

●ウシオ電機の牛尾治朗氏は、「『無名有力』の時代を経ないで有名になるということは、最も危険なことだ」と述べておられますが、その真意は、有名になることがいけないのではなく、実力以上に見せることが危険である、というものです。たとえば、経営者がマスコミにしばしば登場したり、成功のノウハウ本を書いたり、講演をしたりするのは、名を好むがゆえの行為である可能性が高く、危険だということです。

●『伝習録』のたとえ話や、牛尾氏の言葉から学ぶべきは、「『実力はあるのに無名』という時代を経ることを惜しんではならない」ということなのです。