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2008年03月21日(金)更新

志を練る

●私はよく、「武沢さん、よく毎日メルマガが書けますね」と言わるのですが、自分では三日坊主タイプだと思っています。とてもムラッ気が強いのか、やるときには人の何倍も努力しますが、ひとたび集中が途切れると、その反動で人の何倍も怠惰になります。そして、いったんそのリズムに入ると何の仕事もしたくなくなったりします。

●もし努力家の部分だけが一生続いたとしたら、「上場会社のひとつやふたつ作って、億万長者になっていただろうな」と勝手な空想をしてしまうほどですが、不思議なことにメルマガを書くことだけは、8年間欠かさずに続けています。これは私の中の「奇跡」といってもいいでしょう。

●また、「三日坊主」とは反対に「志操堅固」という言葉があります。「志が堅い」という意味ですが、私にあてはめると、メルマガを書くことだけが志操堅固であり、他のことはほとんど三日坊主ということになるのでしょう。

●しかし、人間ってそんなものではないでしょうか。自分が大好き、かつ得意なことを本業にできたら、誰だって「志操堅固」になる可能性が高くなります。しかし、飽きっぽい人は、ちょっとした工夫がいる。その一工夫は「志を練る」という行為だと思うのです
●その昔、幕末の志士たちは墨痕あざやかに漢詩をつくり、仲間とそれを交わすことで自らの志を絶えず練っていたそうです。つまり、遊興のためではなく、志を錬磨しあうための飲み会をさかんに行っていたのです。

●禁門の変において25歳で自刃した久坂玄瑞は、松下村塾の師・吉田松陰から才能を高く評価されていました。その久坂は、長州藩士のなかでも檄文の達人としても名が通っていたようで、いくつかの過激な漢詩を残しています。以下に、「長州漢詩集」でみつけた久坂の詩を記載します。


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 そうあい ふみやぶる ばんちょうのやま
 雙鞋蹈み破る萬重の山

 ここのえにむかって やきんを けんじんと  ほっす
 九重に向かって野芹を獻じんと欲す

 このさい だんじ かぎりなしの こころざし
 此際男兒限り無しの志

 らんらくに ようふんを ふせしめん
 鸞輅に妖氛を付せしめん
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 【意味】
この草鞋で幾重に連なる山々も踏み破ってやろう。
田舎者ではあるが、人のため何かがしたくて、心は天朝に赴いている。
この国家の一大事に男児たる者、その天下の志は限りなく溢れ、神国日本に外夷の穢れなどを近づけさせはしない。


●現代に生きる私たちにとって、彼らが行っていた漢詩づくりに相当するものは何でしょうか。また、自らの志を練り上げるために何をしているのでしょうか。そうした、自らを鼓舞するために、何らかの習慣をもつことは、とても大切なことではないでしょうか

●ですから、私はメルマガを毎日書いています。毎日書くことを通じて、自分が日本の経営者に役立っていることを確認できるのです。ときどき感謝のメールをもらったりすると、ますます自分の行為に意味が感じられるようになります。これはつまり、書くことそのものが志を練るという行為になっているのでしょう

●経営者のみなさん。あなたは何を繰り返していますか?