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2007年10月26日(金)更新

やぶへび

●ある経営者と会ったときの話です。その席上で、私はこんな話をしました。

●東京ディズニーランドで働いているアルバイトのA君が、ある年のMBP(ベスト社員)に選ばれました。評価されたのは、雨の日にメリーゴーランドに乗ろうとするOL客にひざまずき、自らの膝を踏み台にして乗せてあげたからだそうです。

●ディズニーにはマニュアルがありません。この行動は、たとえアルバイトであっても、自分がすべきことをとっさに判断し、行動できるように育て上げた教育や社風の成果です

●しかし、その経営者の返答は「それはどうかと思うなぁ」という、意外なものでした。
私は、てっきり感動してもらえるものと思っていたので、どういうことか聞くと、「あるお客さんにだけ特別なことをすると、他のお客さんにとって不公平じゃない。それって“やぶへび”っていうやつじゃないのかなぁ」ということでした。
●私は、そういうものの見方もあるのかと思い、気を取り直して別の話をしました。

●アメリカの百貨店『ノードストローム』の話です。いつでもレシート無しで返品を受け付けることや、お店で売っていない商品であっても返品に対応した販売員がいるなど、社内にはさまざまな“伝説”があります。

●ですが、彼の反応は「それこそ“やぶへび”の極みですよ。もし、全国のお店にそういった返品がなだれのようにやってきたら、いったいどうするんですか? 莫大な資金を各店に用意しておかないと成り立たないじゃないですか。それともその社長は、よほどの性善説の信者なんですか」と、変わりませんでした。

●さすがに私もムッときました。なぜなら、目の前にいる彼の相談内容は「顧客満足度向上のために何をすべきか」というテーマだったのです。そのため、この社長の考え方そのものから、まず変えていかねばならないと思いました。

●彼は「やぶへび」が相当嫌いなようでしたが、本気で顧客満足度を向上させるには「やぶへび」を恐れない精神が大切です

●全ての挑戦には「やぶへび」がつきまといます。しかし、「良かれと思って取り組んだことが、別の問題をひき起こしかねない」と、反作用や副作用ばかりを気にしていると、顧客満足度を高めるための取り組みは、いつまで経ってもできません。

もちろん作用と副作用の両方を見ることは大切です。その上でどちらの影響が大きいのか、よく考えることが必要です

●「人にしてほしいことをまず人にしてあげなさい」という聖書の黄金律はビジネスにも当てはまります。私たちは与えたものを得るのです。まず、お客様を信頼することが、顧客満足度を高めるための第一歩であることを、忘れてはなりません

2007年10月19日(金)更新

我流の会議

●「会して議せず、議して決せず、決して行わず、これ“怪議”という」との名言がありますが、それでも「会議力」は経営者にとって大切な要素の一つです。会議を運営する力、会議で決めたことを実行する力は、経営力の根幹と言ってもよいでしょう

●私も、ときどき経営会議を傍聴することがありますが、実に個性的というか、ユニークなやりとりに出くわすことがあります。「やっぱり会議って我流で行われることが多いのだな」と改めて思います。

●A社では、進行役の専務が「会議に参加していながら意見を言わないのなら、出てくる必要などない」とゲキを飛ばします。出席者ががんばって意見を言うのですが、別の役員が、「ご意見だけは立派だね」とか「まるですごい実績をあげてる人の発言だね」など、皮肉交じりに水を差したりしています。

●これでは、はしごを外されるようなものです。実績をあげている人間しか意見が言えないような雰囲気を作ってしまっては、社内が「勝ち組」と「負け組」に分断されてしまいます。こんな会社は、ドラッカーの「誰が正しいかではなく、何が正しいかを考えよう」という言葉を大きく書いて、会議室に掲げておくべきです。
●一方、B社では最近「議題がないから」という理由で経営会議の定期開催を中止してしまいました。零細規模の会社ならそれも悪くありませんが、B社は100人近くの社員を抱えています。それなのに経営会議の議題がないというのは、実におかしな話。実情を聞いてみると「ワンマン社長がなんでも一人で決めているので、会議を開いても意味がない」ということでした。

●こんなことをしていると、後継者はいつまで経っても育ちません。そのしっぺ返しはいずれ、社長に直接返ってきます。というのも後継者が育たないということは、管理職や若手も育ちにくいので、遅かれ早かれ目先の業績にも良くない影響が出るからです

●数多くの会議に参加して痛感するのは、「正しい会議運営は経営改革を推進させるものであり、経営者を成長させる」ということです。つまり、決算書の数字や現場の事実に基づいて

・今なにがうまくいっているか
・今なにが問題か
・優先順位は何か
・各部門・各自の目標や課題は何か

といったテーマを確認する場が会議であり、経営会議であればなおさら、ある程度の緊張感と十分な事前準備をもって臨むべきなのです

●自社の会議が機能していないとお悩みの方は、改めて会議のやり方を勉強しましょう。そのためには、本を読むのもいいですし、尊敬している社長に頼んで経営会議を傍聴することもいいでしょう。

2007年10月12日(金)更新

マックス・メモ

●あなたは「スーパーボス」と呼びたくなるような、すごいボスと巡り会ったことがあるでしょうか。「スーパーボス」とは、一人のビジネスピープルとしてプロフェッショナルであり、マネジャーとしてチームを勝利に導き、指導者として一人ひとりの個人を尊重し、適性を見抜いて高みに引き上げてくれる存在です。

●また、逆に「スーパー部下」と呼びたくなるような、すごい部下と巡り会ったことがあるでしょうか。「スーパー部下」は単なる部下ではない、あなたの良き理解者であり、サポーターであり、同志です。言いかえると、あなたの負担を軽くするだけではなく、あなた自身を一段高いレベルに押し上げてくれるような存在です

●こうした「スーパーボス」と「スーパー部下」とのスリリングな関係を題材にした『マックス・メモ』(きこ書房、後に『仕事は楽しいかね』に改題)という本があり、冒頭にスーパーボスとスーパー部下との関係について「6つの真実」と題しされた、以下のような要約があります。
1.才能が二乗される職場にすることは可能である。スーパーボスとスーパー部下が職場に求めるものは同じだからである。
  ◎自由である・・・管理がない
            平凡ではない
            愚か者がいない
  ◎変化がある
  ◎チャンスに満ちている

2.スーパーボスはただの部下を雇うのではなく、同志を獲得する。

3.一流の人材は職をもつのではなく、才能をもつ。彼が一度求人市場に出ていけば(出ていくとしても一度だけだ)、やがてその才能は見抜かれ、求められ、獲得される。

4.スーパーボスとスーパー部下は、典型的な求職プロセスを逆転させることが多い。
部下をハンティングするのではなく、ボスをハンティングするのである。そのプロセスは、「求人市場」というよりは、「逸材探し」に似ている。

5.スーパーボスは、部下に辞めようなどと思わせない特別な職場環境を築くことが多いが、そうでないボスは部下が転職せざるを得ない状況に追い込む。

6.スーパーボスとスーパー部下との「同盟」は、才能の結びつきであり、生涯切れることのない絆が生まれることも多い。

(要約ここまで)


●この物語は、主人公の「わたし」と聡明な老人「マックス」とのやりとりを通して著者のメッセージが語られていきます。印象的だったのは、こんな箇所。

「スーパーボスは、最高の人が働くにふさわしい最高の場所を用意する」
「スーパーボスは、優秀な人材を世界中から探し集め、ドリームチームを作り上げる」

●しかし、並のボスは、「ウォークマン」の寄せ集めでしかチームを作ろうとしません。
ウォークマンとは、ドラフトで指名されることもスカウトされることもなくやってきて、試験を受けるスポーツ選手のことをいいます。「なぜウォークマンしか集まらないのか」と問われれば、理由は実に簡単。並のボスだからです

●スーパー部下を獲得するのに必要なのは待遇ではありません。それは後からついてくる結果に過ぎないのです。真っ先に提供すべきは、ビジョンと仕事内容、それに職場の面白さです

●スーパーボスはきっとこう語って逸材を説得するでしょう。
「給料は弾めない、それにオフィスもちっぽけだ。だが、私が描いているビジョンはこうだ。そして、君に期待していることは、こういうことなのだ」と。

●幸い私にも、20代のときにスーパーボスの下で仕事をしてきた経験があります。私がスーパー部下であったかどうかは定かではありませんが、彼は私の才能を見抜き、開花させてくれました。それから10年間は熱中して仕事が出来たし、その時の経験が今の土台になっています。

●今度は私がスーパーボスになる番ですし、スーパー部下を探す時です。

2007年10月05日(金)更新

刀と矢の補給

●安倍前総理が突如辞任を発表したその日、多くの政治家や評論家から「刀折れ、矢尽きた」と評する声が上がりました。非常に高い支持率でスタートした安倍内閣ですが、閣僚の相次ぐ不祥事などで支持率が低下し、どうにも下落傾向に歯止めがかからなかったようです。最初は安倍さんも、「閣僚と自民党は不人気だが、自分だけは人気がある」と思いこんでいたのでしょう。

●しかし参院選以後、自分こそが不人気の真の原因だと気づかされたとき、文字どおり支えるものがなくなったと感じたのでしょう。その瞬間、「刀折れ、矢尽きた」のではないでしょうか。

●あなたの会社の営業マンも「刀折れ、矢尽きた」状態になってはいませんか? あの営業法、このチラシ、こっちの企画とやっていくうちに努力が実らないと感じ、いつしか負け癖がついてしまった、ということはないでしょうか?

●経営者は営業に対して、刀も矢も供給しなければなりません。しかも、なまくらではない、強くて切れる刀と、よりしなやかで攻撃力の高い矢を供給するのが、経営者の大切な仕事なのです
●とはいえ、それは営業の要求をそのまま鵜呑みにするということではありません。営業とはいつの時代でも、商品をよりよくして、原価もより安くして、さらに広告や宣伝をガンガン出してくれ、と要求する人種です。そのような要求をすべて鵜呑みにしていては、利益が出るはずはありません。

●「『危機感によるマネジメント』と『キャンペーンによるマネジメント』には限界がある」とドラッカーが指摘していることからも言えるように、大切なことは、アイデアの補給なのです

アイデアとは、営業に対する心構え、知識、意欲、技術、習慣を改善し続けるためのものです。その取り組みにゴールはありません

●営業社員一人ひとりに、毎日新鮮な「!」を提供しましょう。それこそが、刀と矢の補給になるのですから。

2007年10月01日(月)更新

而今と全気全念

●友人にすすめられてから、定期的に寺へ行き坐禅を組むにようにしています。
あるとき、禅僧から而今(にこん)という言葉を聞きました。
今、この瞬間、そして、今ここ」という意味だそうです。

●私たちは今しか生きられませんし、ここしか生きられません。インターネットは時空を超えますが、生活はあくまで「而今」なのです。さっそくこの禅僧に「而今」という文字を揮毫していただき、部屋に飾って今後のモットーにして行こうと決意した次第。

●「而今」といえば、それに似た言葉が幸田露伴の『努力論』のなかに出てきます。それは、「全気全念」という言葉で、いまこの瞬間にすべての気を集中して、やるべきことに全力で取り組むことだそうです。

●もし、豊臣秀吉が信長の草履取りをしていたとき、「つまらない仕事だなぁ」「もっと重要な仕事をまかせてもらえないかな」などと思っていたら天下人にはなれなかったでしょう。まさしく、「全気全念」で草履を温めたからこそ信長に認められたし、「全気全念」で生涯を貫いたから天下人にまで登りつめたのでしょう。

●些細なことだからと軽んじている仕事があると、その些細なことに私たちの気がそがれます。私が真剣にやるべき仕事はもっと他にある、という思いがあると、「全気全念」にはならないのです。

社内で一番「全気全念」で仕事ができる人、それが社長です

●「而今」と「全気全念」、覚えておきましょう!