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2010年08月06日(金)更新

今の自分で勝負

「女(男)だったら、今の自分で勝負しな」 (フジTVドラマ『ショムニ』で江角マキコ演じる坪井千夏のセリフ)

●15年前、絶世の美女だったころの写真を見せるA子。

「うわぁキレイ」「この子、誰?」などと周囲を騒がせつつも、内心では、色気が失せてしまった今の自分に嫌気がさしていたA子。そんな彼女に向かって江角マキコが放ったセリフが冒頭の言葉です。
やがてA子は昔の自分ではなく今の自分で勝負しようと変身していきます。その結果、ついにA子に求婚者が・・、というハッピーエンド。

●ビジネスだってA子と同じです。
「昔の名前で出ています」ではなく、今の我社で勝負しましょう。昔の私ではなく、今日の私で勝負しましょう。社長とか部長、課長といった社内の役職は名誉職ではなく現役職です。現役とは今の自分で勝負できる人のこと。その役職には社内で今もっともふさわしい人が就かねばなりません。

●現役ばかりの集団、それが会社です。
そのためには、本人も会社も力を磨くための費用と時間を確保し、計画的に経験と学習を付与していきましょう。

●何年か前の統計値ですが、日本企業が使う研修費用は、社員一人あたり年間で数千円というデータがありました。
「年間教育費がたったの数千円?」と驚く方も多いと思いますが、この統計数字には、従業員数が何万人もいるような大企業の製造ラインで働く人たちも含まれています。

●したがって、これからドンドン成長しようという中小企業の場合は、もっと多額の教育費用が必要になります。
私が以前に勤務していたスポーツ用品専門の小売店は、経営目標として「株式公開企業目指して急成長する。そのためには、人材の成長スピードがどの同業者よりも高い会社になる」という方針を打ち出しました。

●そのためにもっとも注力したことが社員教育だったのです。その会社では、まず社員一人あたりの年間教育予算を20万円と定めました。その当時、社員数が100人ほどの会社だったので2,000万円の教育費用を予算化しました。
そしてそれを一年かけてきっちりと使い切るための計画作成を行ったのです。

●鍵を握るのは店長クラスの人材を短期間で育成すること。まさしく人材の促成栽培です。同業他社が5~10年かけて店長になれるかどうかというペースの中、その会社では3年で店長になっていきます。そのための知識や技術、あるいは心構えといったものを猛スピードでマスターできる人材にとっては、若くして責任者になれるので大変楽しい職場でした。

●ただ、反動も二つほどありました。ひとつは、日常業務への支障です。研修のために若手社員が東京や大阪へ出張します。ふだんでも忙しい現場なのに、研修で二日も三日も職場を不在にすると、困るのは現場です。
ですが、そんなときこそトップの信念が必要になります。その会社では、社長が社内報に「教育は日常業務よりも優先する」という方針をハッキリと打ち出したことで、現場からの不平や不満も出なくなりました。

2010年05月07日(金)更新

N社長の事件簿

●「面接では、自社や自分の情けない所や弱みを隠さず伝えないとダメだね。良い所ばかり見せるとあとで失望させることになる」と語るはN社長(愛知県、51才)。

●たしかにその通りで、たった一回の面接だけで望み通りの社員なのか否か、望み通りの会社・社長なのか否かを判断することなど出来っこありません。だから試用期間がある、とは言うものの、試用期間を設けてあることでそれが有効に機能しているケースはまれです。ほとんどは自動的に本採用になっていくケースが多いです。ではどうしたら優秀な人を見極め、優秀でない人をふるい落とせるのでしょうか?

以前、N社長にこんなミニ事件がありました。

●N社長の会社はまだ小規模ですが、社長自身がインターネットサイトやメルマガ、ブログで大活躍していて活動範囲は日本中です。社長自ら本も出し、かなり売れています。その様子をずっとウォッチしていたという若いビジネスマンA君が、メールで「Nさんのもとで働きたい。是非御社に就職させてほしい」と面接を申し入れてきたといいます。

●Nさんの会社では社員募集をしていないので当惑しました。ですが、熱心な文面だし、頑張り屋さんなのがよく分かったのでとにかく本社で一時間ほど面接しましょう、ということになりました。

●25才というA君の第一印象は可もなく不可もない。とりたてて個性的でもないが、A君の話しぶりを聞いているとすごく芯がしっかりしています。学業も優秀だったみたいだし、N社長が若い頃よりも人生ビジョンをもっています。それに何よりも入社意欲が強烈に強い。
「Nさんのような人を探し求めていた」と言わんばかりで、面接というよりは、彼からの一方的な売りこみの時間だったといいます。

●「できるものなら、たった一回の面接で社員の採用決定をしてはいけない」という「がんばれ社長!」で読んだ武沢の教えをN社長は破りました。

面接がはじまって約一時間後、情にほだされる格好で、「よしA君、あなたは採用だ。いつから来られるの?」と尋ねていました。
A君は関東から単身で引っ越してくるというので10日後には大丈夫だといいます。「よし、5月の連休明けから仕事してもらおう。担当してもらう仕事は僕のほうで良く考えておくから」とN社長もすっかりその気になって再会を約束しました。

●ところが不幸なことにわずか4日後に入社辞退の申し入れを受けることになります。いや、4日後にこの「事件」が起きたことはお互いのために幸運だったのかも知れません。

●面接から4日後、彼が引っ越し先をどこにするかを決めるため再び愛知県に来るといいます。N社長はその日、午前中は商談が入っていたのですが正午には終了予定のため、A君とは12時半からランチをとる約束をしました。
どの物件に引っ越すべきか、どのような条件で仕事をしてもらうか、などの詳細を煮詰める予定でもありました。

●ところが、予定よりも前の商談が長引きました。A君の約束時間である12時半近くになりましたが、まだ終わりそうにありません。A君の携帯電話番号は登録していないので、携帯をかけるためにはカバンの中に入っているA君の履歴書を見なければなりません。とうとう12時半ちょうどになってしまいました。A君から携帯がなりました。ですが出られません。

●商談が終わったのは12時40分でした。駐車場に出てすぐにA君に電話しました。「Nですが、申し訳ない。今名古屋駅の近くで商談が終わりました。あと15分ほどでそちらに到着できそうです」

●すると、A君の様子が変です。まるで別人のような低いトーンで、「あ、N社長ですか。遅れる?あ、そうですかぁ、お忙しそうですね。何ならもう結構ですよ」と。

●約束のレストランに到着したのが12時55分でした。

A君はレストランの店内ではなく、駐車場で待っていました。店内へ促すN社長に対してA君はそれを辞退し、「私からとても大切なお話しがありますが、この場所で結構です」と立ったまま何かを話そうとします。

●A君から出た言葉はこんな内容だったといいます。

「小さな約束を守れない人に大きな仕事はできません。社長のお仕事から見て、私との約束など小さなものなのでしょうが、だからこそ誠意を見せていただきたかった。遅れるとわかった時点で連絡を下さるのが人としての最低限の常識ではないですか。このような人のもとでは残念ながら安心して仕事はできません。今回の採用のお話しはなかったことにして下さい。短い時間でしたがいろいろ勉強させていただきありがとうございました」

●Nさんは何も言わなかったといいます。いや、あっけにとられて何も言えなかったのでしょう。「サヨナラ」と言うのがやっとでした。

遅刻したことに弁解したい気持ちも少しはありました。A君のあまりに狭量な所などにも今後のために忠告してあげたかった。ですが、自分で遅れておいて忠告するのも変です。ですが、それよりも何よりも、こちらだって、A君をそんな人だと思っていませんでした。正式採用する前にそれがわかってホッとしたというのです。

●良いところ、悪いところ、清濁あわせ飲んでみてウマイかマズイかを見てもらいましょう。良いところだけを抽出して飲んでもらってはウマイに決まっています。清濁あわせ飲むためには最低でも一週間程度は実務面接試験がいると思うのです。

教訓:人を採用したければ、一週間ほど実務面接試験をしてから採用か不採用を決定しましょう。その間に、あえて会社や社長の弱みや問題点もさらけだし、開き直るのではなく、問題は問題として共有しましょう。

この事件簿を読んであなたは何を感じましたか?

2010年04月30日(金)更新

勘当されても親孝行

●自分のイスがいつも誰かに脅かされているような社長は幸せです。何があっても社長の座は安泰という会社は不幸せです、というお話しをしましょう。

同族経営をしているA専務との会話。

A:「武沢さん、ちょっと聞いて下さいよ。うちの親父がまだ私に社長の座を渡そうとしないんですよ。私が専務になって今年で20年目だ」
武沢:「なんと、すごいですね。今年で専務は何才になられるのですか?」
A:「私が59才で父が85才になる。来年になれば私も赤いチャンチャンコですよ。さすがにこの年まで来ると、もう開き直ってきて、親孝行になるのなら、ずっと社長には社長のまま一生を全うしてもらいたいと思っているのです。何なら私が社長にならなくても、次は私を飛び越して息子に社長をやらせても良いと思っている」

●達観した専務ですが、リーダーとしてもの足りなさを感じました。

儒教的な教えでの親孝行とは、親よりも長生きをすることであるとか、親が喜ぶことをする、悲しむことをしない、と教えられるでしょう。
ですが、親が喜ぶとか、悲しむということをどのように理解するかがポイントなのです。
「親が喜ぶのなら、ずっと親父に社長をやらせておいて」というA専務は本当に親孝行なのでしょうか? 私は否だと思います。
●「よいか、よ~く聞け。父上を討つ」と腹心の部下に宣言し、自らの父・信虎を追いやって当主の座についた若き武田信玄。
「父上よりも私のほうがうまくやってみせる」という気概あるリーダーの存在こそお家の宝ではないでしょうか。敬意を表しながらも先代を退場させることが子供の役目なのです。

●武田信玄のクーデターは、下克上の戦国時代ゆえ許された行為でしょうか。資本主義経済、自由主義経済というのは法のもとでの下克上戦国時代そのものではないでしょうか。
そのような意味で、社長の座を虎視眈々と狙う副社長や専務のいる会社は幸せです。

●孟子は、親不孝の定義として次の五つをあげています。

1.立派な手足と体があるのに怠けて父母への孝養をかえりみない者
2.博打をうち、酒ばかり飲んで父母への孝養をかえりみない者
3.欲が深くて自分と妻子にのみ金を使い、父母への孝養をかえりみない者
4.聞きたい見たいとレジャーばかりにうつつをぬかして、父母を辱める者
5.いきがって喧嘩ばかりして、父母に心配ばかりかけている者

●一方で孟子は、父と子が正しいことを求めて議論し、その結果子が親に勘当されて外へ行き、親孝行ができなくなっても、それは親不孝に当たらないといいます。

(『孟子』離婁章句 下三十一より)

親に勘当されても親不孝にならない事がある、とはすごい定義ではないでしょうか。もちろん、親しき仲にも礼儀ありで、礼節を重んじることは大切ですが、子が親を乗りこえねばならない時があるのも事実なのです。

2010年04月23日(金)更新

心をこめて感謝する

●「ありがとう」という感謝の言葉にどれだけ心がこもっているでしょうか。

あるとき、名古屋の設計事務所の経営計画発表会に招かれました。
一般的な経営計画発表会はこれまでもたくさん見てきていますが、この会社の発表会は忘れることができないものになりました。

●まず司会の開会宣言のあと、会場前方にあるスクリーンに映像が映し出されました。
その設計事務所のこの一年間の作品(建築物)が外観や内装はもちろん、実際使われている最近の様子や、施主の感謝の言葉などが流されたのです。

●数分間の映像をみているうちに、自分たちが日頃やっている仕事が社会でどのように役立っているのかが再認識できるようになっていました。

その後、「黙祷」の声で全員が黙祷をはじめました。その黙祷の間に、音声が場内に流れます。これは、あらかじめ女性スタッフが吹き込んでおいたもののようです。

「今年もお客様がわたしたちをご指名下さったおかげで、この一年間、おもいっきり仕事に専念することができました。そして、個人や家庭の生活も守ってくることができました。

来年以降の仕事や生活が誰かに保証されているわけではありませんが、これからも私たちがお客様に支持される仕事を続けるかぎり、安心して仕事を継続発展させることができることを私たちは知っています。これからもおごり高ぶることなく、謙虚にお客様の要望を形にしていきます。私たちは、建築設計の仕事や我が社そのものに誇りをもって仕事をしていきます。」

●その後、経営計画の発表です。その内容もユニークでしたが、一番驚いたのが最後の社員表彰の時間でした。まず勤続5年表彰です。表彰状の文面はこのようなものでした。

「あなたが、入社以来5年間の厳しい訓練に耐え、日々精進・努力を積み重ねてきた事に敬意を表し、ここに副賞として一週間の特別有給休暇と、一名分の海外旅行券に金5万円を添え、表彰状を贈ります。株式会社○○○○ 代表取締役 △△△△ ・・・」

これは社長自らが考えた原稿だそうで、6名の社員が表彰されました。
中国が大好きだという一人の社員をのぞく全員が、仕事で取引があるイタリアに行くそうです。いまどき、勤続5年で外国旅行+有給+金一封だなんて豪勢ですね。

●業績が良いからそれが出来るという面もありますが、業績が悪いときから社長はこうした制度を実行してきたそうです。もちろん最初はもっと低予算のものだったそうですが、少しずつ予算が増えてきたといいます。

●続いて行われた特別表彰。

この会社の番頭格として活躍している三名の幹部が急きょ表彰されました。
彼ら三名の表彰は当初の予定になく、社長からのサプライズ演出だったのです。しかし、
ここでちょっとした"事件"がおきてしまいました。賞状を読み上げる社長の様子がなにかおかしいのです。

「厳しい時代背景のなか、創業時から我が社の経営に参画してくれ、数々の困難をかいくぐってきてくれたあなたの献身的努力なくしては我が社の今日はなく、・・・」

ここで社長は天井を見上げてしまいました。

「すいません、・・・、ちょっと・・、」と言ったまま数秒間声になりません。目が真っ赤です。

ようやくの思いで途切れ途切れにこう続けました。

「どのように感謝しても感謝しきれるものではありません。一つの節目としてここに、大きな感謝と共に、副賞として有給休暇一週間と、海外旅行券二名分と、金20万円を添えて表彰いたします。一名分は貴方を支えられた奥様へのささやかなプレゼントといたします」

●これは予定になかった表彰でした。
社長が涙をながしながら感謝してくれたことで幹部たちも感極まっていました。社長のものか、幹部のものなのか、流した涙が賞状に落ちていました。

あとから見せていただいたのですが、受賞者の氏名の横には奥様の名前も書いてありました。
「この幹部に出会ってよかった」という社長の思いは、「この社長に出逢えて良かった」という幹部の思いとイコールでしょう。

●その他にも風変わりな賞がいくつもありました。「グッドデザイン賞」をとった人への賞状はこうでした。

「入社二年目のあなたの作品には目を見張るものがありました。××の店舗では、予算にも恵まれないなか、多くの色彩を使いこなしながら、いささかも建築的過剰感も感じないどころか、従来の我が社になかった“軽さ”、“楽しさ感”を生み出した功績は大きなものがあります。施主からも大きな賞賛をいただき、次の物件の受注にも繋がりましたことに感謝を表します。また別の物件の△△の店舗では、逆に予算のある立派な店舗の内装において、ボキャブラリーを増やしすぎることなく、“品格”を見事に作品に表現したことにも、若さに似合わず全体の本質を見極めた力量に、今後の大きな可能性を感じます。とくに、カウンター周りのガラスの内装は見事な出来栄えでした。・・・」

●すべての賞が、このように社長の言葉によって表彰理由が語られ、賞状にそれが印刷されています。記念のプレートや記念品のiPodもうれしいでしょうが、この賞状こそ若いスタッフの宝ものになるはずです。

みんなの前で誉める、みんなの前で感謝する、しかも思いをこめてそれを行う、ということを考えてみましょう。

2010年03月19日(金)更新

最小限が最大限に

●息子の友人が以前、名古屋の人気ラーメン店でアルバイトしていました。仮にA君にしておきましょう。あるとき、A君からこんな話を聞きました。

初出勤の日のこと。
さすが人気店だけあって、ランチタイムは嵐のような大混雑だったそうです。ピーク時には外に行列が30人ほど出来たと言います。しかし、午後2時を過ぎるとさすがに外の行列が途絶えました。

●ホッと一息ついたA君に対し、店長が皿洗いを命じました。
「はい、わかりました」と元気よく洗いものを始めたA君。店内外の様子や他のスタッフの仕事ぶりをチラチラみながら洗いものをしていると、店長が大声で怒鳴りました。
「こらA、チンタラ洗ってるんじゃない。全力かつ大急ぎで洗え!」

●その後、休憩時間に店長からこんな説明を受けたそうです。

店内の忙しさにあわせて仕事を調整するんじゃない。そんな高等判断を新人アルバイトに求めてなんかいない。君に要求したいことはただひとつ、いつも全身全霊で目の前の仕事を集中し、一気に片付けろ。さっきのおまえの皿洗いは、まわりの様子を見ながら心ここにあらずという状態でやっているのがすぐ分かった」
●A君は謝りながらも、言い訳しました。

「店長、すいませんでした。でも、もし全力で皿洗いをして洗うものがなくなってしまったら、やることがなくなってヒマになります。僕だけやることがなくなるのが嫌だったのでそうしました」

すると店長は言いました。
おまえをヒマにしないのが俺の仕事だ。もし本当にヒマになれば、"休憩"という指示を出す。大切なことは、ダラダラした仕事ぶりを体にしみこませないことなんだ。それがしみこんじゃうと、本当に忙しくなったとき、最高速に戻すのが大変なんだ。焼きが回ると鈍るんだよ。だから普段から最高速で仕事をして、少しでもたくさんの仕事をこなせるようにして、おまえをこの店で使える人間にするんだ。それが俺の仕事だ

●自己啓発教材のSMIを創ったポールマイヤー氏は、「あなたが今日行う必要最小限のことは、やがてあなたが出来る最大限のことになる」と述べています。
毎日、必要最小限のことしかやっていないと、やがてそれが最大限の仕事になってしまうというのです。

部下には時間調整などさせず、たえず全力で仕事をさせましょう。それが上司の役目だと思います
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