武沢信行の「社長の学校・事始め」 | 経営者会報 (社長ブログ)
社長業を極めるためのカリキュラムについて、「日本的経営のリニューアル」という視点から紹介します
S社長の迷い
●「武沢さん、人の為(ため)と書いて偽り(いつわり)と読むように、会社経営もお客や社員のためにやっているようでは偽りのそしりを免れない。もっと正直に、"自分が儲けるためにやっている"と言い切ってしまえる勇気が必要だと思う」とS社長。
●持論を述べるのは結構なことだが、私が経営理念の重要性について語った講演会のあとでの質問がそれだ。下手をすれば講演会そのものがぶち壊しになりかねないタイミングでの発言だった。
私はつとめて冷静に「なぜそのように思うのですか」と理由を尋ねてみた。すると、S社長はつい先月まで「顧客第一主義」という経営理念を後生大事に守ってきたのだということがわかった。だが、いつまでたっても売上や利益が伸びない。だから迷っていた。
●そこで先日、S社長が尊敬している大物社長(財界の著名人)から直接教えを請う機会があったそうだ。最近の業績不振を相談したところ、「S君、まず儲かる会社を作ることが先決だ。それが出来てはじめて理念を論じるべきだ。順序というものがあるのだよ。ひょっとしたら、あなたの会社は理念の存在によって儲からない会社になっている可能性すらある。いったん、理念なんか捨ててしまったらどうだ」と。
●S社長が心酔している大物社長が言った「理念なんか捨ててしまえ」説。私が想像するに、それは一般論を語ったものではなく、今のS社長の状況を察しての発言だったと思う。
そこで私は、渋沢栄一翁の「道徳経済合一説」の話を切り出し、儲かる会社作りと道徳的にも立派な会社になることとは何一つ矛盾しないと説明した。
●すると、S社長はさらに粘った。
「その大物社長いわく、そもそも『道徳』なるものは時の権力者が大衆を治めるためにデッチあげたものである、という。だから、道徳=すばらしいもの、とも言えないと思う」
●道徳の否定まで飛び出し、議論は平行線をたどったが、私はS社長に自分自身の意見を述べてほしかった。
最近聞いたばかりの大物社長の言葉を受け売りし、まだ自分のものとして咀嚼していない段階で公開質問にのぞむなど稚拙な行為である。
それに、根掘り葉掘り聞けばその大物社長といえどもサラリーマン社長ではないか。一代で大企業を作った経営者ならいざしらず、組織を生きぬいて立身出生を遂げた者と、無名の中小企業を率いて会社を大きくしていこうとする者とでは生き方が違う。
もちろん尊敬すべきサラリーマン経営者もたくさんいるが、中小企業や零細企業、中堅企業、ベンチャー企業、自営業などなど、一国一城の主には、崇高な理想と理念がなくて何するものゾ、と申し上げたい。
「義を見て為さざるは、勇なきなり」(人として当然なさねばならなぬ正義と知りながら、自分の利害のみをはかって実行しないのは、真の勇気がないからである)という孔子のことばを忘れてはならないのだ。
ボードメンバープロフィール
武沢 信行氏
1954年生まれ。愛知県名古屋市在住の経営コンサルタント。中小企業の社長に圧倒的な人気を誇る日刊メールマガジン『がんばれ社長!今日のポイント』発行者(部数27,000)。メルマガ読者の交流会「非凡会」を全国展開するほか、2005年より中国でもメルマガを中国語で配信し、すでに16,000人の読者を集めている。名古屋本社の他、東京虎ノ門、中国上海市にも現地オフィスをもつ。著書に、『当たり前だけどわかっていない経営の教科書』(明日香出版社)などがある。
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