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2010年09月17日(金)更新

写経ならぬ……

●私は気が向けば自宅だけでなくお寺に行って写経することがあります。最近は金閣寺と高野山の宿坊で写経してきました。そんな話をある場所でしたところ、「私は自社の決算書を毎日のように写経しています」と言う社長がみえました。

●「え、決算書を写経?」と驚く私にむかってその社長はこう言いました。

「もちろん写経も大好きですが、それより熱中していることは、毎月の決算書や今期の計画数字を何度もくりかえし書くことです。手書きで丁寧に書いていると、その数字の向こう側にあるこちらのガンバリや怠慢の具合が手に取るように分かりますし、やるべきことが鮮明に浮かび上がってきます」

●気になったので幾つか質問してみました。

・書式はあるのか
・所要時間はどれくらいか
・それによってどんな変化があったか

書式はないそうで、コピーの反古紙のウラに「売上高 10,545,961」という具合に千円単位で書くそうです。時には、部門別の売上高を書くこともあるとか。

「売上高」の次に「売上原価」、「粗利益」「販売費及び一般管理費」「営業利益」「営業外損益」「経常利益」「特別損益」「税引前利益」という具合に書いていくそうです。

その次に、今期または今月の目標数字を横に書きます。
所要時間は長くて30分。スラスラと書いてしまえば数分で終わるところを、呼吸を整えつつ丁寧に筆ペンで筆写するので30分近くかかるそうです。

●作業中うれしくなったり、悲しくなったりすることもあるそうですが、それ以上に驚くことは、ご自分でもビックリするぐらい会社の数字が頭に刻み込まれること。

たしかにそうかもしれません。何度も繰り返し同じことを書くことには意味があります。

●25年以上前、ライフワークという言葉が流行しました。その火付け役となったベストセラー本が『ライフワークの見つけ方』(井上富雄 著)です。この本は私にとって最初に読んだビジネス書でもあり、今でもものすごく思い入れのある本です。

●20代前半だった私は、当時、何度も何度も繰りかえし読みました。
そして、男子たるもの気宇壮大に人生の青写真を描こう、そのためには人生25ヶ年ビジョンを作って自分のライフワークをもとう、ということを学びました。

●仕事を終えて深夜の独身アパートに戻り、大学ノートを開いて人生25ヶ年計画を何度も何度も作り直しました。ワープロすらない時代です。
毎日、消しゴムのかすでテーブルが真っ黒になるほど書いては消し、消しては書いてビジョンを作りました。

●シナリオAは、サラリーマンとして出世し、頂点である社長を目指すというもの。
シナリオBは、結婚までに独立して自分の会社をもち、事業を発展させるというもの。
それぞれのシナリオを細部にわたって考え、書きました。

●結局私はシナリオBを選び、今もその路線を歩んでいるわけですが、時間だけは人生25ヶ年計画の終点まで来たわけです。
残念ながらその当時のノートは残っていません。
ですが、脳裏にはっきりと書式や中味が刻まれています。それは、大変な手間ひまをかけて手作業で何度も作り直したからです。

●写経ならぬ、写目標、写計画、写決算、・・・面白い作業だと思いませんか。

2010年09月10日(金)更新

社長の内的生活

●朝を制しましょう。朝早く起きて心に良いことをするのです。あなたは朝起きてから何をしていますか?

あわただしく身支度を調え、朝食をすませて出社しているようでは朝を制しているとは言えません。できれば、朝は自宅かカフェで一人作戦タイムを持ちたいもの。
ゆっくりした朝を過ごす人でも、テレビを見たり新聞を読んでいては何にもなりません。大切なことは、「今日も一日充実した時間を過ごそう」と決意を新たにできるような時間を持つことなのです。

●次に紹介する名言は、考える時間を確保しようと訴えているものばかりです。

・「ほとんどの人は時間をとって考えようとしない。私が国際的な名声を手にしたのは、
 週に二回考えたからだ」(劇作家:ジョージ・バーナード・ショー)
・「内的な生活をもたない人は、環境の奴隷である」(スイスの作家:アミエル)
・「朝寝すべからず、はなしの長座すべからず」(徳川光圀)
・「人間の再建は朝起きにある」(丸山敏雄)

●私はまず、心を耕してくれるような名著を読み、そのあと自社や個人の目標に目を通したり、新たな目標やアイデアを書き加える作業が大好きです。出張などでしばらくそうした時間が確保できなくなると、自分の調子が落ちていくのが分かるほどです。

●一人で何をすべきか分からないという人には、【Wish List】を書きだそうと提案しています。【Wish List】に書き出す項目は公私にわたって何でもOK。思いついた順にどんどん書き出すのです。ただし、可能な限り積極的かつ明るく具体的に書いてほしいとお願いしています。

・毎月の売上高を3,000万円にしたい
・キャッシュフローを毎月プラスにしたい
・優秀な人材を採用して組織的な経営をしたい
・早起きしたい
・毎月5冊以上、読書したい
・やせたい(体重70キロ、体脂肪25%の達成)
・休肝日を毎週2回以上つくりたい
・本を書きたい
・社員勉強会を定期開催したい
・朝礼または終礼をやりたい
・・・etc.
 等々、なんでも構いません。

●セミナーなどで、5分間で【Wish List】を何項目書き出すことができるか挑戦してもらうことがあります。過去最高記録は、5分間で55個書き出した居酒屋の経営者です。
5分間、つまり300秒で55項目を書こうとしたら5.5秒につき一項目書いた計算になります。つまりほとんど手が動きっぱなしだったということです。
あなたもやってみていただきたい。5分で50項目以上書ければ、間違いなく全国トップレベルの水準です。いや、30項目を超えたら立派なものだと思います。

●Wish Listをすらすらと沢山書ける人にはひとつの共通点があります。それは、過去に何度もそうした作業をしたことがあるという共通点です。

毎朝カフェでWish Listをゼロから書いているという人もいました。それを何週間も続けていると、一言一句同じ内容で、同じ順番で書けるようになるというのです。そこまで行けば、もうしめたもの。頭の中は大切な目標で占められていることでしょう。

●【Wish List】を早く書けるようになることよりも大切なことがあります。
それは、書き尽くした【Wish List】を持つことです。何個書けばよいのかは個人差があって一概に言えませんが、私の知るかぎり千個以上のWish Listを作っている人はほとんどいません。できればあなたには「Wish千個荒行」に挑んでほしいものです。

2010年09月03日(金)更新

上機嫌

●・・・最近一番ビックリしたのは、弟のセージが何も見ずに『約款』という漢字を書いているのを目撃したこと。で、その次にビックリしたのは、文脈から考えて奴がその『約款』を「どれい」という意味で使っていたこと。
・・・

という書き出しで始まるゲッツ板谷の『板谷バカ三代』(角川文庫)は、とにかく楽しいです。

●家が焼けようが、じいさんが死のうが、自宅の風呂桶で鯉を飼おうが、とにかくこの家庭はなにがあっても異様に明るいのです。
普通の人なら嘆きかなしみ、落ち込み、失意の底に沈むようなことですら、突き抜けて明るい。
ご本人たちいわく、「バカだから」となるが、ここまでバカに徹しきれるのはスゴイです。

●この『板谷~』を知ったのは、齋藤孝著『上機嫌の作法』のなかでです。
「上機嫌でいることが道徳の第一位」とアランが言うように、いつも上機嫌で居続けることは相当むずかしいことです。むしろ私たちは、不機嫌でいることで自分を主張したり武装したりしがちなのです。

●だが不機嫌になる人は二流だと思って間違いありません。

私の友人で不機嫌そうな人は一人もいません。もちろん人間だから喜怒哀楽の感情は表にだしますが、ブスッとした感じで不機嫌にふるまう人はいません。
また、経営者としても、そういう社員の存在を認めてはならないと思うのです。

●齋藤孝氏の本を読むまでもなく上機嫌でいることの必要性はあなたも理解しているはずです。
しかし、本当にそれができているでしょうか? 不機嫌ではない、というだけではダメです。
まずは、今日一日だけでもかまわないので、上機嫌でいることを貫き通してみて、何が起きるかをみてみましょう。

2010年08月27日(金)更新

安心領域の破壊

●"私は毎朝○時に起きています"とか、"私は毎日こんな修行を積んでいます"などと人に吹聴しないほうが良いでしょう。なぜなら、「陰徳あれば陽報あり」、つまり良いことはひっそりとやるから報われるものであって、あまり自分の努力を吹聴すると、「すごいね」と誉められることによって報いが完了してしまうからです。

●では、ひっそりと何をやるか?

できれば、自分自身に対してもっともインパクトの大きいことをやりましょう。それは、誰もが持っている「自らの安心領域(コンフォートゾーン)を脱出する」作戦を開始することです。

●人は無意識のうちに自分の殻(心地よい世界・安心領域)に閉じこもろうとします。
その領域内にいれば、心地良くて安心して自分らしく過ごすことができます。しかし、そこは心地よいがゆえに、なかなかその外側には出たいと思いません。その結果、なかなか進歩成長できないのです。

・そこに居ると落ち着く(空間)
・その事をしていると落ち着く(行為)
・その人(物)と一緒にいると落ち着く(仲間)

そうしたものを壊していきましょう。

●ヤドカリが成長のたびにすみかを替えるように、私たちも意図的に自分の安心領域をぶち壊し、別の次元の領域に移っていくのです。

そのために何ができるか、まずは、なるべく大胆なアイデアを描いてみましょう。

●私も時々、自分の小さな殻をぶち壊すために、こんなことを考えています。

・海外で生活する(一年の半分は○○、残り半分を日本で過ごす)
・本社を××に移転する
・新しい職業「△△△」に挑戦する
・メルマガの発行をやめる
・家族を解散し、林住する。その後、遊行する。
・65歳で完全引退し、その後の人生を○○として送る

●なるべく大胆な発想で自分の小さな世界観を打破しましょう。そうしたことを実行することに比べたら、目先の小さな挑戦や改善改革などたやすいものに感じてくることでしょう。
最近、「コンフォートゾーンを作ろう」という主旨の本が売れているようですが、そんなの大間違い。誰だって、都合の良いコンフォートゾーンをすでにもっていて、それを破る必要があると私は思うのです。

2010年07月30日(金)更新

社長が考えていること(2)

●前回のブログでは、中小企業の社長が今考えていることのリストをご紹介しました。今日はその続編をお届けしたいと思います。

<社長が今考えていること 後編>

■組織とコミュニケーション関係

・会議体系が整備され、会議が機能する組織でありたい
・京セラ流コンパのような上手な飲み会をやって社員と腹をわって語り合う
・「オフサイトミーティング」が活発に行われる会社にしたい
・自分になりかわって汚れ役を買ってくれるような幹部がほしい
・社員と【Wish List】を共有したい
・明るくて楽しくて活気ある会社にしたい
・事業部ならびに個人毎にP/LとB/Sが出る体制を敷き、報酬還元する
・決算内容を社内にオープンにし、「自分たちの会社」と感じてもらうようにする
・前もって決めた基準に沿って昇給や賞与を決めていきたい
・ノー残業デーを会社で決めるか、個人ごとに決めるなどして早く帰宅できる日を増やす
・一週間以上の長期休暇が取れる会社にしたい
・5年に一回は一ヶ月休暇を取らせてやりたい
・整理整頓とあいさつが行き届いた会社にする
・税務調査が入っても何の問題もない会社にしたい
・妻の仕事(経理)を減らし、家事に専念できるようにしてあげたい
・ドリンクやフルーツ、菓子類がいつでも誰でも無料な会社にする
・クリーニングや買い物など社員の私用を全部請け負うサービス体制
・社員に感動やサプライズがある会社にしたい
・社員が自宅に帰ってからも会社の自慢ができるような会社にしたい
・社員の子供が入社する会社にしたい

■顧客関係

・顧客から指名される企業でありたい
・お客様から感謝のハガキやメールが届く会社にしたい
・お客様満足のバロメータになるような指標を作りたい
・顧客アンケートを定期的に実施し、満足度を毎年高めたい
・リピート率の高い企業でありたい

■取引先や社会との関係

・取引先や金融機関とともに発展する会社になりたい
・国民の義務、企業の義務として毎年納税額を増やしたい
・環境問題への取り組みが先進的な企業であり続けたい
・有給とは別に、毎年一日、社員にボランティア休日を設定する

■競争関係

・地域ナンバーワン、業界ナンバーワンになりたい
・同業者からも尊敬されるような存在になりたい
・社員ひとりあたりの設備装備率を高め、競争力のある会社になる
・ナンバーワンではなく、オンリーワンの存在になりたい
・日本一、世界一、といえるものを作っていきたい
・ギネスに認定されるものをもちたい

■インターネット

・自社サイトを大改革し、ネットに強い会社になりたい
・お客様とメールやブログで繋がるコミュニケーションを構築したい
・社内パソコンは二年サイクルで更新していきたい
・経理や賃金はコンピュータ化し、月次の中間でも損益を確認したい
・情報やデータの社内共有を促進したい
・日報をすべてブログかMLにしたい
・社長ブログを始める
・ニュースのある会社になる
・社員全員にiPhoneかiPadをもたせ、スピーディなサービス体制を作りたい

■経営者自身の成長、楽しみ

・決算書が読めるようになりたい
・役員報酬として前年度粗利益のχ%と設定したい
・日常業務から完全に脱し、社長業に専念できるようにしたい
・アスリートのような肉体と知力がある社長になる
・何才になっても伴侶や異性から魅力的な人だと思われたい
・英語、中国語を話せるようになる
・視野を広げる為、社長は業務があってもなくても海外へ行き続ける
・毎朝出社前に新聞と書籍を読んでから出社する
・大勢の前で落ち着いて話のできる社長になりたい
・暴飲暴食をせず、スマートな酒の飲み方をしたい
・ベストセラーになるような本を企画出版したい

まだまだあるはずです。あなたも【Wish List】を書き出してみましょう。まずは200個書き出してみて、その後は随時加えていきましょう。

前号とあわせてご覧いただくことで、あなたのリスト作りが大いにはかどることになるでしょう。社員にもやらせてみてください。

2010年07月23日(金)更新

社長が考えていること(1)

●「考える」ことと「悩む」ことには、はっきりとした違いがあります。「考える」という行為は生産的であるのに対し、「悩む」という行為には非生産的な響きがあります。
なにかを生みだそうと紙と鉛筆(またはパソコン)を手にして考えることが大切です。書いて書いて書きまくっていくと、やがて指が勝手に考えてくるようになります。

●先日の「海の日」の連休を利用して『社長のための計画合宿』を名古屋で開催しました。15人の社長が自社の経営理念や経営戦略を紙に落とし込んでいきます。一泊二日とはいえ、正味10数時間はアッという間に過ぎてしまいます。

そんな合宿の過ごし方をみていると、生産的な社長は書きまくって考えていますが、生産的でない社長は腕組みをし、虚空を見上げながらウンウンとうなっています。

●すでにあらゆる社長が、あらゆる問題について考えてきました。そうした先人の知恵を活用し、いただけるアイデアはどんどん吸収していけば良いのです。

中小企業の経営者は今まで何を考えてきたのでしょうか。

「あなたは今、何を望んでいますか?」をWish Listにしてくださいと私はお願いしています。多い人は1,000個以上のWishを書いてこられます。少ない人でも100個くらいはすぐに書けます。リストの中味は経営だけに限らず、健康のことや学習、教養、知識、精神、家庭、経済、趣味や娯楽など自由に書いてもらいます。ただし、二つだけ約束事があります。一つは、ポジティブに書くこと。「資金繰りが悪い」と書くのではなく、「潤沢な資金がある会社にしたい」と書く方が希望がもてるからです。

もう一つは、なるべくイメージが湧くように書くことです。「フランスへ行きたい」と書くよりは、「ルーブルでモナリザに対面したい」とか「三つ星レストランでフレンチ料理を楽しみながらボルドーワインを満喫したい」と書く方がリアリティがあってワクワクします。

●今日はそんな「Wish List」の中から、経営に関することだけを拾い集めてみましたので、ちょっと見てみましょう。

■1.理念・ビジョン関係

・きっちりと成文化した経営理念を作りたい
・理念を組織内に浸透させ、実践したい
・会社の将来に対して明るい希望がもてるようなビジョンを作りたい
・ビジョナリーカンパニーになりたい

■2.業績と財務関係

・絶対つぶれない会社になりたい
・100年続く会社になりたい
・売上高を増やしたい(χ年でy倍にしたい)
・利益率が高い会社にしたい
・年商に匹敵する現預金をもちたい
・長期にわたって増収増益を続ける会社にしたい
・無借金企業にしたい
・自己資本比率をχ%以上にしたい
・ROA(総資本利益率)をχ%以上にしたい
・株式公開できる会社になりたい
・買収されるような会社になりたい
・後継者が継ぎたいと思えるようなピカピカの会社にしたい

■3.社員関係

・社員の平均年収を業界平均のχ%アップでキープしたい
・社員が指示待ちではなく、自分で率先して仕事を創ってほしい
・年収1,000万円プレーヤーを社員の中から出してやりたい
・社員とその家族から我社で働いてきて良かったと言われたい
・社員の愛社精神が高い会社員したい
・報告・連絡・相談がきっちりできる人材ばかりにしたい
・時間や納期に対してシビアな社風を作り上げたい
・社員ひとりひとりに人生ビジョンを作らせたい
・社員から毎年最低一人、新規事業部門の社長を育てたい
・10年計画くらいのスパンで複数の若手後継者を育成・選抜する
・有給休暇が堂々と取れ、完全消化できる会社になる
・優秀な若者が毎年入社してくるような会社にしたい
・高齢者でも働ける会社、高齢者が入社してくる会社にしたい
・社員旅行を年二回開催し、一回は国外旅行にしたい
・社員教育の体系を整備したい
・女性人材が入社し、定着し活躍できる会社にしたい
・福利厚生の一環として、プロ野球のシーズン券を確保したい

■4.営業関係

・手形を切らない、もらわない
・新規開拓力の強い営業部隊を作りたい
・営業が営業の仕事をしていないので、営業活動に専念させたい
・全国の主要都市に営業拠点網を完成させたい
・中国やアジア諸国との貿易を開始したい
・自社開発のオリジナル商品の比率を高め、下請け依存度を下げたい
・口コミでお客が広がる状態を作りたい
・無事故無災害の会社になる
・会社案内を始めとした営業ツールを毎年アップデートしたい
・毎朝朝礼前の10分間を読書時間とし、読書の習慣を全員がもつ


<続きは次回。あなたも「Wish List」を作ってみましょう!>

2010年07月16日(金)更新

士の心

●山口県萩市にある「松下村塾」跡地、今の松陰神社には毎年一回は訪れています。ここにくるだけで、自分の志が問われるようで、厳粛な気持ちになれるからです。
志というものは、何かになろうとするために作るものではなく、いかにあるべきかの基準を定めることのほうが大切なのだと思います。

●吉田松陰が叔父・玉木文之進の嫡子、毅甫(きすけ)の元服に際して贈ったことばがあります。このときの文章がのちの松下村塾の士規七則につながっています。

1.およそ生をこの世に受けて人となったからには、人が禽獣(きんじゅう)と異なるゆえんをしらなければならない。思うに人には五倫がある。そのうち君臣、父子の道が最も大切である。だから人の人である真面目は、忠孝を根本とすることにある。

2.およそ皇国に生まれたからには、わが国が世界各国より尊いわけを知っていなければならない。思うに、皇室は万世一系であり、士や大夫は代々禄を受け地位を継いでいる。
君主は人民を養い、祖業を継がれ、臣民は君主に忠義を尽くし、もって父の志を継いでいる。君民一体、忠孝一致、これはわが国だけの特色である。

3.士の道は、義より大切なものはない。義は勇気によって実行され、勇気は義によってますます発揮される。

4.士の行為は質実で自分の心を欺かないことが肝要である。いつわりに巧みであったり、あやまちを飾りごまかすことを恥とする。心が明白で邪心なく、行ないが正しく堂々としているのは、みなここが出発点なのである。

5.人たる者で、古今の学問に通ぜず、聖賢を師とせず、自己の修業をおこたるようでは、心のいやしいままで終わってしまうだ けである。読書や賢人を友人とするのは君子のなすべきことである。

6.徳を厚くし才能を磨くには、師の恩や友人の益によるところが大きい。それゆえ君子は人との交際を慎重にする。

7.死してのちやむの四字(死而後己)は、言葉は簡単であるがその意味は広い。堅くたえ忍び、果断に実行し、断固として心を変えないのは、この死してのちやむの精神をほかにしては道がないのである。

●いかがでしょうか。

何かになろうとする目標より、いかに生きるべきかを重視する姿勢は当然のことかも知れません。なぜなら、もし士(さむらい)が何かになろうとする目標をもつとしたら、いつ下克上の世の中になるかわかりません。

志とは士の心と書くごとく、立身栄達よりも、心を大切にすることです。
日常のなかに義を元にした研ぎ澄ました生き方をすることが当時の士の志だったのでしょう。

私たちもそうした部分を忘れずに持っていたいものです。

2010年07月09日(金)更新

海援隊約規に学ぶ

●「海援隊の約規は実に簡素なものである。事細かな規則など必要ない。我々は天を翔ける鶴、その飛ぶ所にまかす。鳥かごの中に入るものではない」と龍馬が書いているように、海援隊の約規はとても短いものです。その原文と武沢訳の両方をお届けしましょう。

【海援隊約規 原文】

一.凡嘗テ本藩(土佐)ヲ脱スル者及佗(他)藩ヲ脱スル者、海外ノ志アル者此隊ニ入ル。
  運輸、射利、開柘(拓)、投機、本藩ノ応援ヲ為スヲ以テ主トス。
  今後自他ニ論ナク其志ニ従ッテ撰入之。

二.凡隊中ノ事一切隊長ノ処分ニ任ス。敢テ或ハ違背スル勿レ。若暴乱事ヲ破リ妄謬害ヲ引ニ至テハ隊長其死活ヲ制スルモ亦許ス。

三.凡隊中忠難相救ヒ困厄相護リ、義気相責メ条理相糺シ、若クワ独断果激、儕輩ノ妨ヲ成シ、若クハ儕輩相推シ乗勢テ他人ノ妨を為ス、是尤慎ム可キ所敢テ或犯ス勿レ。

四.凡隊中修業分課ハ政法、火技、航海、汽機、語学等の如キ其志ニ随テ執之。
  互ニ相勉励敢テ或ハ懈ルコト勿レ。

五.凡隊中所費ノ銭糧其の自営ノ功に取ル。亦互ニ相分配シ私スル所アル勿レ。
  若挙事用度不足、或ハ学科欠乏を致ストキハ隊長建議シ、出崎官ノ給弁ヲ竢ツ。

 右五則ノ海援隊約規、交法簡易、何ゾ繁砕ヲ得ン。モト是翔天ノ鶴其ノ飛ブ所ニ任ス。豈樊中ノ物ナランヤ。今後海陸ヲ合セ号シテ翔天隊ト言ハン。亦究意此ノ意ヲ失スル勿レ。

【海援隊約規 武沢訳】

一.およそかつて本藩を脱する者、他藩を脱する者、内外に志ある者、みなこの隊に入る資格あり。運輸、営利活動、開拓、投機、本藩の応援をもって主業務とする。今後、異論なくば方針にかなう業務はこれに加わる。

二.およそ隊中のことのいっさいは隊長の処分にまかせる。隊員は、隊長の指示方針などに違背してはならない。もし暴乱、違反行為、隊に対する迷惑行為などがあれば、隊長がその死活を制することを許す。

三.隊中にあっては、互いの困難を助けあい、守りあい、互いの気分が緩んでいるときには責めあい、道理や筋道の通らぬことは正しあい、独断で過激な行為に走るのを制しあうこと。仲間の邪魔をしたり、集団で他人の行為の邪魔をするなどの行為は、もっとも慎むべき所で決してこれを犯してはならない。

四.隊中の修業分課は、政法、火技、航海、汽機、語学等のごとき、その志に従ってこれを学ぶ。互いに勉励し、怠ってはならない。

五.隊中の活動は独立採算。活動に要する経費などは、隊の活動で得た利益でまかなうこと。収益は互いに分配し、私腹を肥やしてはならない。万が一、資金が足りず、修業に支障がでるような場合には、隊長が建議し、出  崎官役(後藤象二郎)の支給をまつこと。

 以上五則の海援隊の約規は実に簡素なものである。事細かな規則など必要ない。我々は天を翔ける鶴、その飛ぶ所にまかす。鳥かごの中に入るものではない。今後、海の海援隊だけでなく、陸をもあわせて「翔天隊」と言わん。この理想と精神を忘れてはならない。

●いかがでしょう、龍馬の真剣味が伝わってくるようですね。
事実、海援隊の活動は本格的なものでした。第四条に出てくる「政法」とは、政治活動に関するもので、後に政治的出版物を発行することにつながっています。
また、「火技」「航海」「汽機」に関してはそれぞれの専門家が隊内にいたほか、龍馬の師である勝海舟から神戸海軍操練所で教えを受けるなど、最先端教育をほどこしていたのが「海援隊」なのです。

●あなたの会社にとって「約規」に相当するものが「就業規則」でしょう。

しかし就業規則は「労働基準法に準拠している会社ですよ」ということを労基署に示すために作られたものが多いはずです。社長の理想や思想が入っているものは少ないでしょう。これを機会に、就業規則とは別に「海援隊約規」に相当するものを作ってみてはいかがでしょうか。

●就業規則を分かりやすく解説した「社員ブック」を作ろうと説く人がいます。経営理念やクレドを作り、それをカードにして毎朝唱和しようという人もいます。
「経営計画書」や「経営マニフェスト」を作ってそれを毎日1ページずつ音読するという人もいます。
形式ややり方は何でも構いません。大切なことは、全員がそれを読んで魂が鼓舞され、自分達が目指しているものや仕事遂行上の原理原則を確認できる簡潔なものが良いと思います。

2010年06月25日(金)更新

ある母の手紙

●今から100年ほど前の明治45年、ある母親がアメリカにいる息子に宛てた手紙をご紹介しましょう。
この母親は幼いうちに両親と生き別れ、子供のころから働きに出たため、学校も満足に出ていませんでした。手紙には誤字も多いし句読点のうち方もヒドイ。でも息子の心をとらえてはなさしませんでした。そして、後に出世した息子の記念館にいまもこの手紙の実物が保存され、それを見た私の心まで打ってしまいました。

・・・
おまイのしせ(出世)にわ、みなたまけ(驚ろき)ました。わたくしもよろこんでをりまする。
なかた(中田)のかんのんさまによこもり(夜篭り)をいたしました。
べん京なぼでも(勉強いくらしても)きりかない。(きりがない)いぼし。ほわ(烏帽子=近所の地名 には借金を返すようにいわれて)こまりおりますか。(困っています)
おまいか。きたならば。もしわけ(申し訳)かてきましよ。
はるになるト。みなほかいド(北海道)に。いてしまいます。わたしも。こころぼそくありまする。
ドか(どうか)はやく。きてくだされ。
かねを。もろた。こトたれにこきかせません。それをきかせるトみなのれて(飲まれて)。しまいます。
はやくきてくたされ。はやくきてくたされはやくきてくたされ。はやくきてくたされ。
いしよ(一生)のたのみて。ありまする。
にし(西)さむいてわ。おかみ(拝み)。ひかしさむいてわおかみ。
しております。きた(北)さむいてはおかみおります。みなみ(南)たむいてわおかんておりまする。
ついたち(一日)にわ しおたち(塩絶ち)をしております。
ゐ少さま(栄昌様=修験道の僧侶の名前)に。ついたちにわおかんてもろておりまする。
なにおわすれても。これわすれません。
さしん(写真)おみるト。いただいておりまする。はやくきてくたされ。いつくるトおせて(教えて)くたされ。
これのへんちちまちて(返事を待って)をりまする。ねてもねむれません。
・・・


●「1日も早く帰ってきてほしい、私は心細い」と息子に訴える母。この手紙の差出人は、野口シカさん、受取人は息子の野口英世です。

極貧の農家に生まれた野口清作(のち英世と改名)は、困窮していたシカさんにとって希望の星でした。ところが、一歳半のときに起こったあの有名な悲劇。

●我が子のすさまじい鳴き声に驚いて駆けつけてみると、清作がいろりの火の中に体ごとうつぶせに倒れこんでいたのです。あわてて抱き上げるシカ。ですが清作の左手が無残に焼けただれ、シカは苦痛と恐怖でぶるぶると震えていたといいます。場所は猪苗湖畔の寒村で、近くに医者はいません。もしいたとしても、払えるお金はありませんでした。
シカは一心不乱にお経を唱え、21日間にわたって観音様に願をかけながら寝ずの看病を続けます。

●幸い命は助かったものの、清作の左手は、親指が手首のところにねばりつき、中指は手のひらにねばりついて離れない。松の木のこぶのような醜い姿となってしまいました。
このとき、シカは清作の将来について悲観せざるを得なかったのです。

「こんな手では百姓はできない。この子を一生養ってゆかねば」

●シカは我が不注意を深く悔いました。そして息子を養っていく覚悟を固めます。
ですが予想外なことに、清作はヤワな男ではありませんでした。努力家の秀才だったのです。死に物狂いで学問に打ち込みました。睡眠時間は極端に短く、風呂焚きなどの仕事をしながらも読書し続けました。
そんな清作にやがて支援者があらわれたのです。
清作は、上京して医者を目指す決意をします。この時に、清作が自宅の柱に小刀で彫った言葉が今も残されています。

 -志を得ざれば再び此地を踏まず-

私は野口英世記念館でこの彫り物をみました。

●学問が認められ、米国の研究所で助手を務めるなどをしながら栄達してゆく英世とは裏腹に、この頃のシカがもっとも財政的に苦しかったようです。そのとき、慣れぬ筆を取り上げて書いた手紙が冒頭のものです。

●たった100年前は、シカのような人たちが日本中にたくさん居ました。それを思うとずいぶん日本人の暮らしぶりが豊かになったことに素直に感謝したいと思います。

しかしその反面で、日本人の若者に青年・野口英世のような青雲の志があるかと問われたら、少々お寒い現状だと言わざるを得ません。また、豊かになったがゆえに親子の絆が失われつつあるのも感じます。

●消費税をどうするか、米軍基地をどこに置くかという問題も政治の争点かもしれませんが、日本人の若者をどうするか、日本の家庭をどうするかを論じる政治家が登場してほしいものです。私たち経営者は日夜そうした若者と格闘しているのですから。

2010年06月18日(金)更新

ある牧師の祈り

●数年前のことですが、中国の上海から杭州まで白タク(無許可営業のタクシー)に乗ったことがあります。ワンボックスカーに総革張りのシートで、ほとんど新車でした。私を呼び止めた営業の中年女性は片言の英語を話しましたが、彼女自身は車に乗り込みませんでした。運転手は中国語しか話せない中国人男性でお客は私ひとり。本当に杭州へ連れて行ってくれるのか心配になりました。

●お金を節約するためにこんなハラハラドキドキするなんて馬鹿だったと後悔しましたが、車は猛スピードでどこかへ向かっています。また、そんなときに限って道路案内標識がなかなか現われません。ますます不安が募り、私は心のなかで「神様、お助け下さい」と祈る気持ちになりました。

●すると5分もしないうちに急に眠くなり、ウトウトしはじめました。
そのウトウトの瞬間、不思議なことに20年前に聞いたキリスト教の牧師のメッセージが思い出されました。

その牧師は、まだかけ出しの頃とても貧しかったそうです。信者からの献金や献品で辛うじて糊口をしのいでいましたが、布教活動するための自転車がありませんでした。徒歩による宣教活動だけでは限界があります。そこで牧師は神に祈りました。

「神さま、あなたの栄光を表すために私は自転車を必要としています。どうか、自転車を私にさずけて下さい。アーメン!」

●一ヶ月たち、二ヶ月たち、とうとう半年が経過しました。それなのにいっこうに自転車が手に入りません。その牧師は神様に確認する意味もこめて、こう祈ったそうです。

「神さま、私は全時間をあなたに捧げています。でも自転車がなくて毎日の活動はとても不自由を感じています。もし、御心にかなうならば一日でも早く自転車を私に授けてください。それとも、私の活動は御心にかなわないのでしょうか?」

●すると、そのときは神から返答が来たそうです。

「あなたの祈りは毎日聞いている。あなたの願いをかなえてあげたいとそのたびに思う。だが、いつもあなたは"自転車が欲しい"としか言わない。私はどんな自転車をそなたに授けてよいのか分からないのだ。もっと具体的に祈ってくれ」

●牧師は「そうかぁ、しまった。私が浅はかだった」と反省し、祈り直しました。
「色は銀色で、サドルは黒。それに大きめの買い物かごがついていて・・・」

自転車の色や形、大きさ、カゴの色とか荷台の形状、ハンドルのデザインなど、具体的にして祈ったのでした。

●翌日、教会清掃のボランティアの婦人が乗ってきた自転車をみて牧師はビックリしました。祈ったとおりの自転車がそこにあり、思わず「アッ」と声が出てしまったといいます。

しかもそのボランティア婦人は、牧師にむかってこう切り出したのです。

「先生、これは先月自分で買ったばかりの自転車なのですが、最近主人が私の誕生祝いにスクーターを買ってくれましたの。不要になってしまったのですが、もしよろしかったら、先生が役立ててくれませんか?」

牧師は絶叫しました。 「ハレルヤー!!」 と。

●祈りは具体的にしないといけないよ、という牧師のメッセージでした。

20年前のその説教が、なぜか中国の高速道路で思い出されたのです。

目が覚めた私は「そうだ、目的地をもっと具体的にしよう」と思い、ふたたび運転手の彼に目的地を書いた紙を手渡しました。

「杭州站」(杭州駅)

すると彼は、
「明白了」(ミンパイラ、「分かりました」)と言ってくれました。
かなり時間はかかりましたが、そのやりとり以降は不安も消えて、純粋に窓外の景色を楽しみました。

●白タクには二度と乗りたくありませんが、期待を明確にするという癖はその珍事以降さらに強まったように思います。
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ボードメンバープロフィール

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武沢 信行氏

1954年生まれ。愛知県名古屋市在住の経営コンサルタント。中小企業の社長に圧倒的な人気を誇る日刊メールマガジン『がんばれ社長!今日のポイント』発行者(部数27,000)。メルマガ読者の交流会「非凡会」を全国展開するほか、2005年より中国でもメルマガを中国語で配信し、すでに16,000人の読者を集めている。名古屋本社の他、東京虎ノ門、中国上海市にも現地オフィスをもつ。著書に、『当たり前だけどわかっていない経営の教科書』(明日香出版社)などがある。

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