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2009年03月06日(金)更新

赤と青の情熱

●「革命を成就させるには三つのタイプの人材が揃う必要がある」と司馬遼太郎が言っています。彼のいう三つのタイプの人材とは
・思想家
・戦略家
・実務家や技術者
だそうです。

●たしかに司馬の指摘には一理あると思います。たとえば、明治維新をみても、吉田松陰を始めさまざまな「思想家」たちが徳川幕府の脆弱性や矛盾を指摘し、若者を鼓舞しました。
“徳川体制はおかしいんだ、天皇を担いで幕府を倒そう”
という機運を作ったのはそうした「思想家」たちです。

●次に「戦略家」が現れました。
高杉晋作や坂本龍馬、西郷隆盛など行動力に富んだ若者が思想を実現するための具体策を考案し、戦略的に動きました。その結果、山が動くのです。

●最後に、革命の総仕上げをしたのが「実務家」や「技術者」たちです。例えば、大久保利通や大村益次郎、伊藤博文、井上馨などいわゆる明治の元勲とよばれる人たちがそれです。

●企業にもこの三つのタイプの人材が揃っているのが理想でしょう。しかし、中小零細規模の場合には、そんなに揃っていることがまれなので、社長が一人で三役こなす必要があるのかもしれません
●先日、メルマガ読者から達筆なお手紙を頂戴しました。その最後にこんな一文がありました。

「武沢さんのメルマガを拝読していると、武沢さんという人が大変熱くて赤々とした、まるで溶岩のように思える」と書かれていました。
私が書いた文章からそのような印象を感じ取られたそうですが、実は私はまったくその正反対のタイプだと思います。

●どちらかというと控えめなタイプで、自分の考えを話すよりだまって聞いている方が好きです。人前で話すことは苦手だと言った方がよいでしょう。
経営者会報ブログのオフ会にも二度参加していますが、そのたびに「話すことだけはご勘弁を」と幹事さんに念を押して参加しているほどです。

したがって私は、“赤々”としているのではなく、むしろ“青々”としていると言ったほうが近いでしょう。

私は情熱には赤色と青色があると思っています

人の心に火を付け、いるだけで周囲が熱くなる赤色タイプが先に申し上げた「思想家」や「戦略家」の特徴でしょう。革命の総仕上げをするのに必要な「実務家」や「技術者」は青色タイプが多いように思いますが、その分け方が適切かどうかはわかりません。

●要するに、情熱には「赤」と「青」があるということをお伝えするのが今日のコラムの主旨です。熱さが言葉や態度に出る人と出ない人がいるということと、その両方が組織の中に必要だということです

赤と青の情熱、ともに大切にしていきましょう。

2008年12月19日(金)更新

「偉大ゾーン」が社長の顔をつくる

●「人間40歳にもなれば自分の顔に責任がある」とはリンカーンの言ですが、どういう状況でそのセリフが出てきたのかを知っている人は、はたしてどのくらいいるでしょうか。

●リンカーンは閣僚人事の最終判断を、顔で決めていたと言います。もちろん経歴や評判はチェックしたのでしょうが、最終判断は顔だったようです。

●ある推薦者がある人物を閣僚に推薦したとき、「あの男は顔が気に入らない」とリンカーンは却下しました。推薦者は、「顔は当人の責任ではない。顔で人選するのはアンフェアだ」と指摘したそのとき、リンカーンは先の発言をしたのです。

私は40歳過ぎて責任をもつのは「顔」だけではないと思います。自分の身の回りに起きていることのすべてに責任を負うのがこの年代です。まして、あなたが経営者ならば言い訳は一切できません。しかし、
「あなたは宮仕えの身ですか?」と突っ込みたくなるほど言い訳がましい社長がいるのも、また事実です。

・私は忙しすぎて○○する時間がとれない
・こういう事情だから、私の会社は自分の思うようにならない
・私は若すぎる(あるいは年をとりすぎた)
・私は数字(営業、経理など)に弱い
・私はかつて○○にだまされた
・あのとき、私はこうすべきだった

まるで、自分はなにかの“被害者”か“悲運の人”のように思っているのではないでしょうか。このような社長は、たいていが「いい顔」をしていません
●あるとき、愛知県の社長の集まりで講演した際、私は「偉大ゾーンで勝負して下さい」と言いました。偉大ゾーンとは、「情熱がわく仕事」「得意な仕事」「利益が得られる仕事」の3つの条件がすべて合致する仕事のことです

●その会場のなかにすごい社長が混じっていました。仮にA社長としておきますが、彼の会社は、50年間傘の製造一筋でやってきているのですが、一度だけ赤字を出したことがあるものの、それ以外は毎年
4,000万円以上の経常利益を出してきたというのです。

●「50年間傘一筋というのはすごいですね」と申し上げると、A社長は次のようにいいました。

「今までに、銀行さんをはじめとしていろんな事業提案が持ちかけられてきましたが、やろうと思ったことがありません。傘の製造業は私にとってもわが社にとっても『偉大ゾーン』だし、さらにそれを進化(深化)させるためにやるべきことが山ほどある。昨年は中国へ工場を進出させることでコストダウンをはかったし、今は、化学技術を強化して従来とはまったく違う傘を作る研究をしているのです」

今年還暦になられたA社長ですが、その話をしている彼の目は子どものように輝いていました。

●Aさんのように、今やっている仕事がズバリ「偉大ゾーン」に当てはまっている場合は幸福です。しかし、そうでない場合はどうしたらいいでしょうか。それには、2つの方法があると思います。

・より偉大ゾーンに近い仕事に参入する
・今やっている仕事を偉大ゾーンに近づくように変えていく

いずれにしても、偉大ゾーンで仕事をしている社長は必ず「いい顔」をしているものなのです

2008年12月05日(金)更新

理念不在がどうした!

今日は、いつもとは逆に、「理念・理念・理念」と経営理念を作ることに盲進しすぎると、優先順位を誤るおそれがあるということについて説明しましょう

●最近でこそ、中小企業の経営者で本を読む人が多くなりましたが、昔は本を読まないどころか人の話すらまともに聞かない頑固な経営者も、少なからずいました。本やセミナーで勉強したこともなく、自分の経験と勘と度胸(頭文字をとってKKD)しか信用しない社長がたくさんいたのです。

●私が新米コンサルタントだったころ、そのようなKKD社長に「社員のためにも経営理念を作りましょう」と提案したこともありますが、「そんなもんでメシが喰えるか」と一喝されてオシマイのケースがほとんどでした。自分の経験からくる揺るぎない信念と哲学をもとに「経営理念なんていらない」と言われたら、何も言い返せなかったのです。

●ところが最近は、ほとんどの経営者が経営理念の必要性に異議を唱えません。それどころか、何の疑いもなく「理念が必要だ」と言います。

●しかし、経営理念というものは、すべての会社が今すぐ必要とするものでもありません。理念がなくても経営はできますし、そんなややこしい事にうつつを抜かしているヒマがあれば、今すぐ外へ飛び出して顧客の話を聞いてきた方が参考になる、という時期もあるのです
●特に、従業員が30人未満のベンチャーのような会社では、社長の言動自体が経営理念そのものです。社長がいつも社員に向かって思いの丈を熱く語れば、それが経営理念の役割を果たすので、それで充分ではないでしょうか。

そのような段階で経営理念の作成よりも先決すべき課題は、業績の安定です。大口の得意先や企業系列に依存しないで顧客を引っぱれるようになること。また、業績管理を徹底して目標と数字データに基づく計画経営を行うことが大事です

●業績が安定し、社長も社員も安心してご飯が食べられるようになったら、次のステップではじめて経営理念や経営ビジョンを制定する必要が出てくるのです。

●私が影響を受けた本である『ビジョナリー・カンパニー』の中にも、こんな一節が出てきます。

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ビジョナリー・カンパニーのすべてが、設立当初から基本理念をしっかりした文書にしていたわけではない。そうした企業はごく一部である。

理念を文書にしたのは多くの場合、設立から10年前後たったころだが、おおむね大企業に成長する前である。ビジョナリーカンパニーのほとんどが、設立当初は会社を軌道に乗せ、成功させるために必死だった。
はっきりした理念を掲げるようになったのは、会社が発展したからだ。

だから、基本理念を文書にしていなくても問題ない。しかし、早ければ早いほどよい。この本を読む時間があるのだから、読書をしばらく中断して、いますぐ基本理念を書き上げるべきだ。

(『ビジョナリー・カンパニー』ジェームズ・C・コリンズ/ジェリー・I・ポラス著 
  日経BP社刊 129ページより抜粋)
---

●わかりやすくするために、会社のレベルを次の4つに分類して考えましょう。

・第一レベル 「悪い」
・第二レベル 「普通」
・第三レベル 「良い」
・第四レベル 「偉大」

「悪い」から「普通」へ、「普通」から「良い」の段階に移行するには、経営理念よりも、顧客創造の力が問われます。いかにして利益を出し、キャッシュフローを良くするかという格闘です。この段階では、経営理念はさほど大きな意味を持ちません


●しかし、それ以上の段階である「偉大」の高みに登ろうとしたときにはじめて、人材力・組織力・管理力などが醸し出す企業文化や、企業のブランドイメージが問われるようになります。その段階でこそ、経営理念とその浸透力が、極めて大切な要素になってくるのです

2008年11月25日(火)更新

どれになさいますか?

●たとえば、あなたが「ロシアビジネス研究会」に参加し、「よし、我が社もロシア進出を前向きに考えよう」と思ったとしましょう。そこで問題になるのは次のアクションです。

●多くの経営者はそこで立ち止まってしまい、何もしません。次に来るであろう、何かの機会を待ってしまうのです。しかし、次に何かがくることはありません。新しい行動の扉は、こちら側にしか取っ手がないのです。

●思えば私たちは、子供のころからすでに用意されているお膳立ての中から選択するという生き方をしてきました。

・レストランで出されたメニューの中から食事を注文する
・パックツアーのカタログを見てどの旅行にするか決める
・「MBAホルダーが読んでいるビジネス書100」などの本から次に読む本を選ぶ
・学校の先生が紹介してくれた学校や企業から次の進路を選ぶ
・幹部社員やコンサルタントが提案した中から次の戦略を選ぶ ……etc.

●これでは何かに依存しすぎではないでしょうか。メニューの中から選ぶのは確かに楽です。しかし、会社を経営するにあたり、メニュー表が差し出されることはまずありません
●数年前、私が主催する中国視察旅行に参加した、名古屋のある屋根瓦販売会社があります。そこのM専務は、現地に「チャンスがある」と思い、翌月は単身で上海、北京、広州などの主要都市を回りました。

●さらに、その半年後には中国人アルバイトを採用し、現地の住宅会社にメールと電話で営業をかけ、また半年が経過したころには中国との取引をはじめました。当時はまだ若かったM専務(現在は社長)の、メニュー表をアテにしない行動力には感服しました。

将来に備えて視察や研究をするのは大変結構ですが、帰ってきて何も行動しなかったら視察や研究はムダになりかねません。帰ってきて、もう少し主体的に行動してみることで、初めて視察や研究の成果が活かされるのです。

誰にでも当てはまる成功公式は本やセミナーで学べますが、あなたの会社にしか当てはまらない正解は、あなたが行動してみないと見つけられません

当然、それはメニュー表として差し出されるものではない、いうことを覚悟しておきましょう

2008年11月10日(月)更新

アンチ・カリスマ

●「酔った勢いで言わせてもらえば、あなたはたぐい稀なる凡人だ。平凡な凡人だったらこうして夕食をご一緒したいとは思わない。並はずれた凡人だから武沢さんは面白いんだよ。あなたのメルマガにあった『凡人が勝つ』の記事、たいへん面白かったよ」

「え、私が凡人ですか。日ごろは非凡でありたいと思っているのですが、こうして面とむかってハッキリ言われると、何だかイヤミには思えませんね」

●上記は、先日ある人と夕食をともにしたときに言われた内容です。昔は私も「カリスマコンサルタント」を目指していましたが、今ではそんな気持ちはありません。そもそもカリスマ俳優、カリスマ美容師などといった、「カリスマ」という言葉がもてはやされたのは20世紀の話です

●思えば、映画でも石原裕次郎や高倉健などの二枚目俳優は、どれだけカリスマ性を打ち出せるかでしのぎを削っていた感があります。そういう意味でカリスマとは、格好良さと勝ち組の代名詞でもあり、有名な俳優やスポーツ選手などは決してバラエティ番組には登場しませんでした。

しかし21世紀になった今、カリスマとは別のものが求められる時代です。その新しい基準になるのが、「等身大であること」ではないでしょうか。あるいは、「すごい人」「格好良い人」ではなく、「愛される人」「普通の人」と言ってもいいでしょう。お笑い芸人がバラエティ番組からニュース番組、スポーツニュースなど、いろんなところに進出しているのも、等身大で振舞うところがウケているのでしょう。
●「等身大」とは、以下に示すように「カリスマ」へのアンチテーゼでもあります。

・失敗や挫折が当たり前
・カッコ悪いことや、世間の評判を気にしない
・判断基準は、損得や格好ではなく、面白いか面白くないか
・飽きっぽい大衆にあわせていつも新しいことに挑戦し、
 その結果、常に進歩・進化しつづける
・人間は人間の値打ちを計るとき、どれだけ優秀かと同時に、
 どれだけバカ(凡人)になれるかを同時に観ている。   etc.

自分らしく等身大に、それが今の時代のテーマです。当然、経営に求められるものも変わってきています

巨大企業や有名企業を目指すより、自分らしい企業づくりをしていきましょう。あなたらしい等身大の経営を作り上げるのです

2008年10月24日(金)更新

凡人が勝つ

●私が京都で講演していたときのことです。

「最後に笑うのは凡人なんだ。だから自分がエリートじゃないことを卑下してはいけない。勝つのは凡人の方だ。なぜならば…」

と、禅の大師、鈴木大拙氏の教えを引用しつつ、熱く語っていました。

●講演終了後、現役の京都大学生のA君が名刺交換にやってきました。彼は一通りの挨拶を終えると、即座に反論を語り始めました。彼の反論の趣旨はこのようなものです。

「たしかに凡人でも勝てるという話は勇気がでたが、『凡人がエリートより勝っている』という根拠がわからない。『凡人が勝つのではなく、凡人でも勝てる』というのが正しい表現ではないか。エリートが凡人より劣っているなどとは思えないにも関わらず、武沢さんの話からは、凡人のほうが優れているように受け取れた」

しかし、私の意見はあくまで「凡人“でも”勝つ」ではなく、「凡人“が”勝つ」です。エリートではいけません。世間一般で用いるエリートとは、先生から教えられたことを理解し、暗記する才能に富んだ人です。しかし、実社会において勝つのは凡人であって、学校教育のエリートではありません。もっとも、「凡人が勝つ」とは言っても、並の凡人ではなく、大いなる凡人でなければなりません

●私は発明王である「トーマス・エジソン」の幼少時代のエピソードに、凡人とエリートの論争へのメッセージがあるような気します。エジソンは「天才とは、99パーセントの努力と1パーセントのひらめきである」という言葉でも有名ですが、彼の母親の存在を抜きにしては、かの天才は世に出なかったでしょう。
●母親の名前はナンシーといいます。のちに天才と称されるエジソンですが、実は幼少期はまともに読書もできないほどのADHD(注意欠陥・多動性障害)であったといいます。それだけではなく、異常なまでに好奇心と探究心が強かったエジソンは、周囲に対して「なぜ~なの?」と大人たちを悩ませる質問ばかりを発していたそうです。

●小学校の教師は、「1+1=2」に対して異議を唱える彼を、「頭が腐っている」とまで評しました。

・1杯の水にもう1杯の水を足しても、やっぱり1杯ではないか
・1個の粘土にもう1個の粘土を加えても、やっぱり1個になるではないか

一事が万事こんな調子で異議を唱えられては、学校の先生が困るのは無理もありません。

●さらにエジソンは、「火とは何か。なぜ炎が燃え立つのかを自分で確かめたかった」という理由で、製材所を営んでいた父親の倉庫を燃やしたこともあります。その他にも、ニワトリの卵を自分で温めてヒナをかえそうするなどの奇行を目の当たりにした父は、とうとうエジソンを見放しました。当然、学校も彼を見放し、事実上は小学校を退学になっています。

●しかし、ナンシーはエジソンの真の可能性を見抜き、自らエジソンを教育しようと決心しました。他人が見れば単なる問題児ですが、真理や真実を知ろうとする好奇心・探求心を、母だけが評価していたのです。

●国語、算数、歴史、文学、物理、化学、と教えていったナンシーですが、とりわけエジソンに科学の才能があったため、自宅の地下室で好きに実験できるように、環境を整えました。そこで、大好きな実験と研究を通じて湧き出る疑問の答えをみずから導きだしていくことができたから、発明の天才が生まれたのでしょう。

●私たちは他人を評価するとき、何をもって優秀か否かを決めているでしょうか? エリートと凡人の違いって何だろうか、を考えてみる必要がありはしないでしょうか

人よりもはるかに劣る弱点をもち、失敗と挫折を経験しているエジソンのような凡人が勝つのです。そのためには、自分が没頭でき、得意と思える一点に集中する必要があります。そんな凡人だけが、偉大な仕事ができるのです。

2008年07月08日(火)更新

Wish Listの成長

●某日、牛島社長(仮名)がやってきました。

「やりましたよ、武沢さん。ついにWish Listの数が500個になりました。よろしかったら、ちょっと見ていただけませんか」
※「Wish List」とは、夢や願望や問題を箇条書きにリストアップしたものです。

「へぇ500個とは凄い! さっそく拝見します」

●『2009年 私のWish List』と題したレポート用紙には、次のような項目が並んでいました。

・ドバイに行きたい
・マカオに行きたい
・香港か上海に進出したい
・都内に行きつけの寿司屋を見つけたい
・年商を5億円にしたい(3年以内)
・経常利益を5,000万円にしたい(3年以内)
・役員報酬を3,000万円にしたい(3年以内)
・資本金を1億円にしたい(2年以内)
・35歳までに結婚したい(今31歳)
・○○に関する技術で世界一になる
・IPO(株式公開)したい
・IPOしてから本を書きたい
・新卒学生を採用したい
・強力な右腕幹部がほしい
・人前で堂々とプレゼンできるようになりたい
・「青年の船」のような研修船に乗ってみたい
・美人秘書がほしい
・美人受付を置きたい
・レクサスハイブリッドに乗る
・毎月10冊、本を読む
・WEBを改造したい

ここまで読むと、個性があってなかなか良いリストだと思いますが、いかんせん、ほしいものばかりが並んでいました
●私も牛島さんと同じ31歳のころに作った「Wish List」は、このような内容だったと記憶しています。自分が得たいものが何なのか、ご褒美ばかりが並んでいたのです。肝心の、「自分が何者になりたいのか、何を成し遂げたいのか」があまりわかっていなかったのです

●私は牛島さんに質問しました。以下、そのやり取りを紹介すると・・・。

「10年後、このWish Listのうち何パーセントくらいが実現していると思いますか?」
「う~ん、20%くらいだと思います」
「その数字を40、60、80へと上げていって、Wish Listがお遊びで終わらないようにするための最重要課題は何ですか?」
「自己管理だと思います。Wish Listが達成できるような人間に自分がなることが
最大のポイントだと思います」

●さすがは牛島さんです。自分の「Wish List」にある危うさに、ちゃんと気づいていたのです。「レクサスに乗るならレクサスにふさわしい人間になろう。それはどのような人間なのかを定義し、それもWishとして書き出すことが大切だ」と、牛島さんは気づいていたのです。

Wish Listの成長が本人の成長であり、年々進化する人だけが、実際にWishを実現することになるのでしょう

●今年も後半戦に入りました。“下半期のお正月”ともいえるこの時期に、
 もう一度Wish Listのメンテナンスをしてみませんか?

2008年06月13日(金)更新

新しいリソース

●あるミーティングでのことです。
「武沢さん、今回のプロジェクトを成功させるために、あなたはどのような新しいリソース(資源)を提供してくれますか?
と質問されました。
「どういう意味ですか?」
と逆質問すると、
「あなたは今回、審判でも観客でもなくプレイヤーです。一人のプレイヤーとしてチームのためにどのような貢献をしていただけますか?」
とのことでした。

●質問を投げかけてきたのは、大橋禅太郎さん。『すごい会議』、『すごいやり方』などのベストセラーを書いた日本でも屈指のビジネスコーチです。愛知県のある会社が、社内改革のために『すごい会議』のやり方を導入することになり、その会社の社長と友人だった私も、「メンバーとして参画してほしい」と要請され、キックオフミーティングに参加したのでした。冒頭の質問はそのときのものです。

●実は、こんな「がちんこバトル」になるとは思っていませんでした。あくまで、私は研修オブザーバーのようなつもりで、大橋さんのコーチぶりやこの会社の変容ぶりを見とどけたかったのです。しかし、大橋さんはそんな生やさしいメンバーの存在を許しませんでした。そればかりか、他のメンバーにも「空砲での射撃練習」ではなく、あくまで、「実弾射撃」でミーティングを進めていきました。そして、この会社の主力製品の「売上げを半年以内に2倍にする」というチャレンジテーマをもって、毎回のミーティングをやることが決まったのです。
●あれよあれよという間にメンバーは目標を鮮明にし、役割分担と個々の目標に対するコミットメント(誓約)をしていきました。ベテランメンバーからは、批判の声も上がりましたし、途中で挫折して退職する人も出ました。しかし、責任者であるY社長が大橋さんを支持していたので、「新しいリソースを使え」という号令のもと、私もY社長も飛び込み営業をやって目標達成に邁進しました。

●そして半年後、売上げは1.5倍以上になりました。惜しくも目標は未達成でしたが、メンバー全員が大きく成長しました。得られた成果は数字だけではありません。新しいことに挑戦するときには、新しいリソースを各人に要求するということがとても大切だ、ということを学習しあったのです。

●ベテランが「昔取ったきねづか」で仕事をするのは悪いこととは言いませんが、その真逆にある「新しいリソース」を使った挑戦も欠かせないということです。

2008年06月06日(金)更新

才能とは何か?

●みなさんは成功する条件は何だと思いますか? 次の項目がその条件に当てはまるかどうか、「YES」か「NO」でお答えください。

1. 成功するためには、ハンサム・美人でなければならない
2. 成功するには、身長が高いほどよい
3. 成功は、「学歴×コネ」の値に正比例する
4. 成功者とは、才能に恵まれた人たちのことだ

●きっと多くの方が、1~3については「NO」と答えるでしょう。私も同じ意見です。では、4はどうでしょうか? 才能は必要ですが、まず、「才能とは何か」、「どのようにそれを得ることができるか」という点を明確にしておかなければ、「YES」か「NO」か、答えることは難しいかもしれません。

●私の友人・田中得夫さんが発行するメールマガジン「成功への道しるべ」に、次のような逸話が紹介されていました。おもしろかったので、引用させていただきましょう。

・・・
随分以前に、米国の雑誌に出ていた記事ですが、中南米のエクアドルでのことです。中風で完全に動けなくなった患者ばかりが入院している病室に、ニシキヘビのような大蛇が入ってきたというのです。さて、動けない患者たちはどのように反応したでしょうか。

1. 動けないので大声を出して助けを求めた。
2. 声をひそめて大蛇がどこかへ行ってしまうのをじっと待った。

正解は、そのいずれでもありません。何と、「全員ベッドから飛び降り、病室から逃げ出した」というのです。

生命が危機に瀕するようなできごとに遭遇して、潜在能力がつかわれたのです。普段は完全に動けない患者なのに、大蛇の前では動くことができたのです。その潜在能力のことを別名「第二の力」と言いますが、「第一の力」すなわち通常の能力を使い切ったあとになってようやく引き出されてくる能力です
・・・

なるほど、私も思い当たることがあります。
●あるときの私は、早朝4時にバチッと目が覚め、日の出前に「がんばれ社長!」を書き始めます。午前7時には書き終え、家族が起きてきたらそろって朝食。シャワーを浴び、歩いて1時間かけてオフィスに出社。一日平均15,000歩あるきます。日中は精力的に働き、帰宅前にはジムで汗を流します。夕食と家族団らんのあと、就寝前には、何より楽しみな読書タイム。朝から晩まで、目標に意識が集中し、心地よい緊張感とあふれる充実感でぐっすり熟睡しているので疲れをまったく知りません。自然に人にも優しくなれます。

●一方、別の私は、やる気がなく、昼近くに目覚めます。すでに遅刻しているのであわててタクシーに飛び乗ります。出社後はすぐにランチ。オフィスにもどると、しばしネットサーフィン。眠気が襲ってくるのでしばし昼寝。昼寝が終わると、メールチェックを済ませ、数時間かけてメルマガを発行。もうそれだけでグッタリし、仕事を終えます。午後6時になると友人をさそって酒を飲みにネオン街へ。たらふく食べて飲んで騒いで、家にもどるのは午前様。翌朝はまた寝坊します。

●さて、この「二人の武沢信行」は、まぎれもなく同一人物です。決して、そっくりさんではありません。この差は、意識と習慣の違いですが、それが続くと決定的な「才能」格差を生み出します。

●才能とは何か? それは、自らの中に眠る潜在能力を引き出す能力のことです。顕在的な能力(第一の力)を出し切った人だけが開くことができる「ハッチ」の向こうに、今までまったく気づかなかった、無尽蔵に湧き出るパワー源(第二の力)があるのです。そのパワーを活用できること――それが、才能なのです。

●疲れたと思ったらもっと働く。眠いと思ったらもっと働く。帰ろうと思ったらもう一仕事。特に若いうちにそうした仕事をしてきた人は、潜在能力が顕在化していくのです。潜在能力を味方につけるためにも、顕在能力を使い切る必要があるのです。だから、「もう一番」「もう一丁」の精神が大切だと思うのです。

2008年05月16日(金)更新

問題は怠慢にあり

●以前、草野球の捕手をしていた時期があります。強肩が自慢だったのですが、ある日、肩を痛めてしまいました。肩をかばって投げているうちに、ひじも痛めました。それからは一塁手に転向したのですが、肩の痛みからか、いつの間にか野球をやめてしまいました。

●今でも時々子供とキャッチボールをしますが、昔痛めた肩とひじは今も治っていないようで、山なりのボールしか投げることができません。

私の肩は問題でしょうか、それとも問題ではないのでしょうか

●私の目標が「野球選手として活躍すること」であれば、痛んだ肩は大問題でしょうし、すぐに治すべきでしょう。しかし、インターネットで情報発信する今の職業ならば、そのままでも特に問題にはなりません。

●それが問題なのか、問題でないのかは、目標や理想によって変わってくるということです。「問題」とは、理想と現実のギャップのことであり、理想が低ければ問題もなく、理想が高ければ問題だらけになるということです

●月間売上高目標を例にして考えてみたいと思います。
目標は当然100%以上ですが、実績が80%で終ったとしたら、そこには、理想(目標)と現実(実績)のギャップが生まれます。

A社ではそれを大問題として会議の議題にあげ、討議し、手を打ちます。
B社では誰一人それを問題視せず、議題にも話題にものぼりません。

こうした違いが生まれるのは、A社とB社では、理想が違うからです。

●では、目標未達成が繰り返し起こった場合はどうでしょうか? 理想の高低に関係なく、B社でも問題になるのは明白です。しかし、そのような状況になる前に手を打たなければ、それはただの怠慢です。ドラッカーはこう言っています。
繰り返し起こる混乱は、ずさんさと怠慢の兆候である
●別の例として、ある建設会社で実際にあった話を紹介しましょう。
借入依存度が大きかったこの会社では、毎月金融機関に業績報告書を提出していました。ところが、支店が東京・横浜・名古屋・大阪・広島・福岡と分散しているうえに、社内データの整備やメール網が不十分だったので、報告書の作成は困難を極めていました。

●50歳になるM取締役の仕事の半分は、銀行への提出書類の作成で終わっていました。秘書やアシスタントも各支店との諸連絡に忙殺されました。月末・月初になると徹夜になることもあったのですが、その都度、気力と体力で乗り切り、そして、業績報告書を銀行に提出した翌日は会社を休む、ということを毎月のように繰り返していました。彼の役職は『経営戦略室 室長』とものものしいものでしたが、仕事の実態はこの程度のものでした。

●そんな状態が5年も続いたある日、この会社は倒産しました。
毎月繰り返される問題を放置していたことこそが、問題だったのです。M取締役の本当の仕事は、書類作成ではなく、業務システムの改善でした。それをM氏は怠っていたのでした。まさに、ドラッカーの言う「繰り返し起こる混乱は、ずさんさと怠慢の兆候である」という状態だったのです。

●当たり前のことなのですが、混乱が繰り返し起きないようにするための根本的な方策が必要なのです。こうしたずさんさと怠慢さを問題だと思わない会社は、必ず破綻するでしょう。

●気力と体力で「そのときだけ」乗り切ることを繰り返していると、「忙しいから仕事をしている」と勘違いてしまいます。しかし、これを問題視しないことが、本当の「怠慢」なのです
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ボードメンバープロフィール

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武沢 信行氏

1954年生まれ。愛知県名古屋市在住の経営コンサルタント。中小企業の社長に圧倒的な人気を誇る日刊メールマガジン『がんばれ社長!今日のポイント』発行者(部数27,000)。メルマガ読者の交流会「非凡会」を全国展開するほか、2005年より中国でもメルマガを中国語で配信し、すでに16,000人の読者を集めている。名古屋本社の他、東京虎ノ門、中国上海市にも現地オフィスをもつ。著書に、『当たり前だけどわかっていない経営の教科書』(明日香出版社)などがある。

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